2008/12/31

鐘の音とともに

昨日の仇とばかりに、恋人をさんざんこきつかって大掃除をする。クローゼットから本棚、電灯、窓の桟に積もったほこりを拭き、隅々まで雑巾がけをし、ベッドカバーとシーツを交換して、おしまいにがあがあ掃除機をかける。心なし空気まできれいになったように思える。

それから、家族総出でぜいたくなしゃぶしゃぶをたっぷり食べ、お風呂に入ってからだを清めると、近所のお寺へ除夜の鐘をつきに行く。私が先につき、替わって恋人がついたまさにその瞬間に、年が明ける。

28年間慣れ親しんだ名前で迎える、(おそらくは)最後のお正月。はてさて、新しい年はどんな一年になるのやら。

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2008/12/30

寝師走

恋人はそのまま床で朝を迎える。いつまでもぐずぐず気持ち悪そうにしているので、むかつきを抑えるという謳い文句の飲み物を与え、起きあがってくるまで放っておいたら、ついに夜になってしまった。ほんとうは大掃除をする予定だったのだけれど、仕方なく明日に延期する。

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2008/12/29

まずは酒に御用心

あちこちで用事を済ます間を縫って、年賀状を書く。28年間慣れ親しんできた名前で出す最後の年賀状になる予定なので、気持ちをこめて書く。

夕ごはんを食べたあと、恋人(予定夫)は夜警団へと出かけて行った。町内を練り歩き、「火の用心」と言いながら拍子木を打ち鳴らす、あれである。

きっと飲まされるだろうとは腹をくくっていたけれど、深夜2時頃になって帰ってきた恋人は、泥酔状態。どろどろに酔っ払って正体をなくし、もはや前後不覚である。これでよく無事に帰ってこられたものだと、妙なところに感心する。

夜具に粗相されては困るので、正体をなくしているのをいいことに、床に新聞を敷いて、そこで寝てもらうことにする。案の定、夜中に何度もえずくので、そのたびに飛び起きて看病する。当の本人は、そんなこととは露知らず、青白い顔でまた眠りに落ちる。なんとも無防備である。

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2008/12/28

あたらしい名前

恋人の姉ふたりが、上京したついでに、我が家へあいさつに来る。結婚が決まってから、ふたりに会うのははじめてのこと。「Ⅰ(恋人の名字)になります。よろしくお願いします」と深々頭を下げた途端に、ああそうだった、私はもうすぐ名前が変わるんだったと、今さらながらに気づく。

夜、『平成長屋』というドキュメンタリーを観る。夢を追う若者たちが暮らす、現代版長屋の話。画面に映るひとたちを素直に応援できないのは、自分のなかにも同じものを感じるからだろうか。なにか釈然としないものを抱えたまま、眠りにつく。

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2008/12/27

年忘れ

恋人が大学時代に所属していた山登りサークルの忘年会に、「嫁」としてお邪魔する。

20人近く集まったなかで、見知った顔は3人。はじめはどうにも居心地が悪く、もぞもぞしていたのだけれど、お酒がすすむにつれて腹がすわり、色々なひととどんどん話した。そうして図々しく2次会にまで参加して、日付が変わるころにようやく家路についた。

さんざっぱら飲んだ恋人は、あっさりダウン。こんなことでは先が思いやられる。

それにしても、恋人の友人たちにとっては、少子化などどこ吹く風。既婚者にはもれなく子どもがいる。はてさて、私たちはどうなることやら。

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2008/12/26

未来手帳

冷たい北風がびゅうびゅう吹き荒れるなか、恵比寿でRちゃんとごはんを食べる。1週間前の約束を延期してもらったのだけれど、実はRちゃんにも伝えそびれていた事実がある。

話は9月にさかのぼる。私たちは同じく26日の金曜日に会う約束を交わした。その予定を手帳に書き留めておこうとした私は、なにを思ったのか、誤って12月26日の欄に「Rちゃん」と書いてしまった。すぐ誤りに気づいたけれど、なんとなくそのまま放っておいた。そうしたら今回、一度のキャンセルを経て、まさにその26日にRちゃんと会うことになったのだから、私の手帳はさながら「未来手帳」である。不思議なこともあるものだ。

予言に導かれるようにしてRちゃんに会い、Rちゃんお薦めの生パスタをいただきながら、話しこむ。話題はやはり、恋人の就職と、結婚について。その道に関しては先輩であるRちゃんが、「大変なこともあるけど、結婚生活は楽しいよ」とにっこりするので、私もこれからが楽しみになる。

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2008/12/25

じつは家族の日

遅ればせながら、年賀状と来年の手帳を買う。帰りに、一駅手前で電車を降りて、大きなケーキも買う。そうして家族みんなでステーキを食べた。毎年恒例、ささやかなクリスマス会。クリスマスにかこつけて、家族が集まる会なのである。

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2008/12/24

しっかりイヴ

寒いぞ寒いぞ、と天気予報が脅すので、うんと厚着をして夜の恵比寿へ行く。仕事帰りの恋人と落ちあって、つばめグリルでハンブルグステーキを食べ、ちょっと気取ってシャンパンなぞ飲んで、ほろ酔いでガーデンホールへ。今夜は、私の大好きなアン・サリーと、恋人の大好きな細野晴臣のライブなのである。

手にしたチケットは、なんと2列目。それも通路側で、視界をさえぎるものがなにもない。

うわー、近い近い、と騒いでいたら、見覚えのある後ろ姿が横切った。あの髪型、間違いない、古本ライターの岡崎さんだ。その隣にも見覚えのある顔がふたつ。偶然にも同じ列に知り合い3人組がいらしたのである。声をかけると、あちらもびっくり。こんなこともあるのだなぁ。

そしてはじまった聖夜のライブ。まずはアン・サリーが、それこそ天に昇ってゆくような、しっとり透きとおった歌声を聴かせてくれる。なんというか、それはとても「正しい」歌声で、ひとつひとつの音、言葉が、それぞれあるべき場所にそっと優しく置かれてゆくのを聴いているようであった。

けれど歌声のしとやかさとは少し違って、ご本人は意外にも自由闊達なひとであるらしく、何曲目かに履いていた靴を脱いでしまうと、最後はその靴を手にぶらさげて、おどけながら退場していった。

セットチェンジのための休憩をはさんで、今度は細野さんが登場。「今夜はホーリーな雰囲気で」と言っていたアン・サリーにかぶせて、例のハスキーボイスで「ここからはダーティー・ハリーでいきます」と会場を笑わせていた。

それにしても、さすがは重鎮。どっしりとしたものである。その安定感たるや、どうだろう。ここまでくるともう「正しさ」なんて重要ではなくて、「ハリー」でさえあればいいのである。器用にペダルスティールを操る高田漣くんも愛らしく、約1時間の細野パートはあっという間に過ぎていったのだった。

アンコールは、もちろんふたりそろって。私の好きな「三時の子守唄」と「White Christmas」をふたり一緒に歌い、楽しい夜は幕を閉じた。あまたのカップルが身を寄せ合うガーデンプレイスを抜けて、駅へ向かう。あぁ、しっかり“イヴ”をしてしまった。

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2008/12/23

果報者がふたり

三河島まで散歩に出かける。洗濯物をつるした竿を、Y字の棒に挟んで、えいやっと持ち上げるタイプの物干し竿が、澄ました顔をして民家の軒先に並んでいるのを見て、びっくりする。ベランダ全盛の時代になって、さぞ肩身の狭い思いをしているだろうと思ったら、こんなところで活躍していたなんて。なんだか旧友に再会したような懐かしさを覚える。

夜、春の古本市にむけた会議に出席する。どきどきするような報告が相次ぎ、胸がざわめく。5年目を迎える来年は、どうやら節目の年になりそうである。

会議のあとは、近所の居酒屋に場所を移して、忘年会が開かれた。実は、と恋人の就職ならびにふたりの結婚のことを報告すると、みんなぱっと顔をほころばせ、我がことのように喜んでくれる。それでついついお酒がすすんで、2時まで飲んだくれてしまう。

心から祝福してくれるひとがいるというのは、なんて幸せなことだろう。

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2008/12/22

長い長い冬休み

原稿を書きあげてHくんに送りつけると、すぐに一部修正の依頼がきたので、その場で手を加えて再校を送りなおし、今度はOKの返事を受け取って、一足早い仕事納め。浮かれた気分でおやつを食べ、スタンリー・キューブリックの『バリーリンドン』を半分まで観る。それでも残り90分。長い。

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2008/12/21

それでも日々は

いつまでもぐずぐずしてはいられないので、朝から仕事。おやつの時間まで書きつづけてから、図書館へ行くという恋人と一緒に、モモをつれて散歩をする。あまり感情を表に出さないモモが、今日は妙にはしゃいでいて、こちらまでうれしくなる。恋人とかわりばんこにリードを引いて、少し遠まわりして帰った。

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2008/12/20

やっぱり、いない

早く仕事をしなくてはいけないと思いながら、ぐずぐずしてしまう。娘に先立たれて、ひとりぼっちでぽつんと丸くなって眠るモモの姿を見ると、またじわじわ涙がわいてきて、なにも手につかないのである。もう二度と会えない、触れられない、という事実が、いまだに信じられない。

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2008/12/19

いない世界で

友人Rちゃんと食事をする約束をしていたのだけれど、彼女の優しさに甘えて、食事の席で泣き出したり、黙りこくったりしてしまいそうだったので、会うのは来週に延期してもらって、代わりに恋人と六本木へ行く。

まず乃木坂の安藤忠雄展をのぞきに行くと、ちょうどご本人がいらっしゃって、運よく間近でギャラリートークを聴くことができた。安藤さんは、冗談とも本気ともつかない調子でつるつるしゃべりながら、間にするりと大切なことを紛れこませる。その気さくで、懐の大きな感じがまた、器の違いを思わせるのだった。

それから芋洗坂のギャラリーで、兄の展示を観、近くのお寿司屋で昼定食を食べ、思い立ってちいばすに乗る。青山で降りて、246を渋谷方面に向かって歩き、最近移転したばかりの知人が営む古書店を冷やかしに行ったのだけれど、まだ開店の準備が整っていないのか、なかは真っ暗。仕方なく店名の貼られた郵便受けの写真を撮って、宮益坂を渋谷駅へ下って、電車で帰る。

Img_6327 疲れたのか、床に突っ伏してうつらうつらしてしまう。夕闇のなかで目覚めたとき、ふっとペチの不在という事実が降ってきて、どうしようもない喪失感にすっぽりくるまれる。

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2008/12/18

旅立つ

Pechi 未明に、愛犬ペチが旅立つ。急性肺水腫だった。棺にリードのついた首輪を納め、花を手向けて、家族みんなで見送った。

ペチはこの家で生まれた。ミニチュアシュナウザとなにかのクォーターで、足の短さと耳の形状から、私たちはコーギーの血が入ってるのでないかと見当をつけていた。足が短いものだから、お座りもうまくできなくて、いつもお嬢様座りをしていた。そうして短い前足で一生懸命にお手をした。

ペチがまだ幼いころ、ベランダに出してあったゴムのサンダルが欠けていたので、歯が痒くてかじったのだろうと思ったら、どれだけ探しても破片が見つからない。不思議に思っていたら、それはペチの排泄物から見つかった。ペチはサンダルをかじったのではなく、食べていたのだった。

長じてからその癖は少し変わり、ペチはフローリングの床を食べるようになった。まさに文字どおり、歯を立ててガリガリと削り取っては食べるのだ。もちろん何度も叱ったけれど、その癖はとうとう治らなかった。だからペチのいた部屋の床は、見るも無惨にぼろぼろだ。

それから多くの犬と同じように、サイレンの音が聞こえてくると、ペチは上手に歌を歌った。甥っ子が持っているおもちゃの救急車のサイレンを鳴らしても、同じように歌うので、おもしろがって日に何度も歌わせた。上手だね、とほめると、ペチは得意になって短いしっぽを振った。

夜はいつも父と一緒に寝ていたけれど、父が寝入ったとみると、ペチは脱走した。甘えん坊のくせに、気の強いところもあって、見知らぬ人が来るとしつこく吠えたてた。反対に、甘えるときもしつこくて、もっとかわいがれとばかりに、短い前足でいつまでも催促しつづけるのだった。

ほんとうに、とてもかわいい犬だった。思うさま「犬かわいがり」した。だからひとつも後悔はない。「死」は、いつか必ず訪れるものであって、きっと悲しむべきことではない。

でも、やっぱりさみしい。できることなら、もう一度この腕にペチを抱いて、くしゃくしゃにかわいがりたい。そう思うと、また涙があふれてくる。泣いても泣いても、いくらでもあふれてくる。

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2008/12/17

花嫁の父

冷たい雨の降るなか、2ヶ所で取材。しかもクライアントと一緒に電車で移動しなくてはならなず、話題を探すのに苦労する。

取材のおわった後、ディレクターHくん、カメラマンさんと遅いお昼ごはんを食べる。今年のはじめに私の書いた広告が、社内研修のテキストになっていると聞いて、とてもうれしくなった。

夕刻、「しかるべきとき」到来。父、母、恋人とつれだって、近所の小料理屋にふぐを食べに行く。あろうことか、通されたのは横並びのカウンターで、顔をあげれば目の前で店の大将が忙しく立ち働いている。これでは恋人も言い出し辛かろうと、内心はらはらしていたのだけれど、恋人はきちんと大役を果たしてくれた。

ひょっとしたら泣いてしまうかもしれない、という私の予想は大きくはずれ、恋人がその言葉を口にした瞬間、私は、あははと笑ってしまった。たぶん、父に色恋の話をするのが、照れくさかったのだと思う。

食事のあと、「もう1軒寄ってくから」と父はふらり雨のなかへ消えた。その心中や、いかに。

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