« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »

2008年5月

2008/05/31

あと1点

いい加減仕事をしなければと、重い腰をあげる。けれど取材ノートを読み返しただけで満足して、バレーボールを観てしまう。そして激しく後悔する。観終わったあとに気持ちのすさむ試合だった。

なにしろ強豪イタリアから、24対17と大差をつけてマッチポイントを奪っておきながら、連続失点を重ねてそのセットを落としたうえ、そのままずるずる逆転負けしたのだ。これならいっそ、完膚なきまでに叩きのめされたほうがまだよかった。

すっかり気落ちして、読書と映画鑑賞に逃げる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/30

家族食事処

使用期限が明日に迫った割引券を握りしめて、ファミリーでファミリーレストランへ行く。でも私たちのほかにファミリーは一組だけで、あとはみんな友人と、あるいはひとりで来ているのだった。

やれ少子化だ、孤食化だと、眉をひそめる輩もいるだろう。けれど、いかめしい顔でそういうことを論じるひとたちが、家族そろって食卓を囲む姿だって、私には想像できないのだった。

それから数時間後、今度はおなかをすかせて帰ってきた恋人につきあって、また同じファミリーレストランへ行く。こちらはファミリー予備軍である。今のところ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/29

ほやほやぼうやとほやほやママ

アン・サリー/ こころうたプレゼントをたくさん持って、かしまし娘Sちゃんの子どもに会いに行く。13日に生まれたばかりの、ほやほや人間である。

うわあ、うわあと言いながら、変わりばんこに抱かせてもらう。とても小さくて、軽い。人間はなんて頼りない姿で生まれてくるのだろうと、なんだか心もとない気持ちになって、どきどきしてしまう。

それにしても、私の知っているSちゃんはひどく怖がりだったはずなのに、いつの間にやらずいぶん強くなっていた。「そのとき」のことだって、口では「痛かったよ」と言いながら、そんなことはもう忘れたとでも言うように、けろりとした顔で話す。母は強し、なのだった。

こういう大変な時期なのに、押入れの奥底にしまわれていたテニスラケットを、図々しくもらって帰る。出産前から約束してあったのだ。お礼に、みんなからのプレゼントとは別に、アン・サリーの『こころうた』というアルバムを進呈する。こころもからだも健やかに、という願いをこめて、進呈する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/28

かの国に幸あれ

昨日借りた『アヒルと鴨のコインロッカー 』を観る。主演の濱田岳がなんだか気になるというただそれだけで、ほとんどなんの予備知識もないまま観始めた。

物語は過去と現在を行きつ戻りつしながら、笑いの散りばめられた明るい空気のなか、ゆるゆると進む。原作が伊坂幸太郎なので、このまま終わるはずはないだろうと思いつつ、その空気につい油断していたら、やはりきた。カチリと世界のひっくり返る瞬間が。

エンドロールとともに、ボブ・ディランの「風に吹かれて」が流れ始めたとき、私の心は切なさではち切れんばかりだった。そうして強く願った。ブータンに幸あれ、と。

次は『ザ・カップ』で、幸福なブータン人の姿でも観るとしよう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/05/27

職住近接

我が家から徒歩5分のところで取材。てくてく歩いて待ち合わせ場所に行くと、約束の何分か前だというのに、すでにディレクターさんとカメラマンさんがいる。仕事とはいえ、おふたりがわざわざ電車を乗り継いでここまでやってきたのかと思うと、なんだか可笑しい。

いざ取材が始まってみると、会議室の窓から、慣れ親しんだ我が家が見える。それで気持ちが落ち着いたのかどうか、今日はよどみなくしゃべることができた。またてくてく歩いて家に帰る。

夕食にはサラダうどんをつくって、恋人と食べた。最近、そういう類のものばかり食べたくなる。よく冷やしたそうめんだとか、そばだとか。もう夏なんだなぁと、目を細めてみたけれど、よくよく考えてみれば、まだ5月なのだった。

それから、夜のなかをビデオ屋まで歩く。観たいと思っていた映画を200円で借りて、たいへん満足する。

その帰り道で、昨日ダメになってしまった楽しいことの代わりになるような「楽しいこと」について、思いつきで恋人に話した。すると恋人ものってきて、どうすれば実現できるか、ふたりでさんざん頭を悩ませる。

でも悲しいことに、「楽しいこと」をするためには、どうしたって資金が必要なのである。それはたとえば、私たちが「楽しいこと」でお金を儲けようなんて考えていなかったとしても。けっ、どうせ世の中、とやさぐれた気分になる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/26

秘密の会議

秘密の会議に出席する。さあ、これからもっと楽しいことができるかもしれないと、胸躍らせて参加したのだけれど、期待したような結果にはならず、がっかりして帰る。

残った仕事を片づけてから、恋人と1駅先のファミレスに行く。母にもらった25%割引券があったので、ちょっと奮発してデザートまで食べてしまった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/25

続・くにちゃん

家に缶詰になって仕事。いまだ新フォーマットに慣れず、苦戦する。

息抜きに、ポール・オースター『ミスター・ヴァ―ティゴ』を読む。古本市1日目に豊崎由美さんの箱から買った本で、おしまいのページに「社長」蔵書印もちゃんとある。私は海外文学があまり得意ではないのだけれど、柴田元幸が訳していると、安心して手にとることができる。

ところで、昨日私の心をざわつかせたくにちゃん騒動、結局そのままうっちゃってある。そのせいで伝言メモの保存件数がいっぱいになってしまったのだけれど、華やいだおばあちゃんの声を消すのもしのびなく、これまで消さずにとっておいた他の伝言を1件消去した。

あぁ、果たしてくにちゃんは焼肉にありつけたのだろうか。

ミスター・ヴァーティゴ ミスター・ヴァーティゴ

販売元:楽天ブックス
楽天市場で詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/24

くにちゃん

登録されていない電話番号が、不在着信履歴に刻まれていた。伝言メモが残されていたので、再生してみる。すると、聞き覚えのないおばあちゃんの声が、耳に流れてきた。

内容から察するに、お嫁さんが焼肉をしてくれるから夕ごはんを食べにおいでと、近所に住む自分の子、あるいは孫の「くにちゃん」を誘っているのだった。当のお嫁さんがうしろにいるのだろうか。声は照れたように笑い、「もうええね」と華やいだ様子で誰かに話しかけながら、受話器から遠ざかっていく。

どうしよう、と悩む。残された番号に折り返し電話をかけて、間違っていますよ、私はくにちゃんではありませんよ、と教えてあげたほうがいいのだろうか。さもなくば、くにちゃんが焼肉にありつけないばかりか、悪くすると、ひどい冷血漢であるかのような誤解を与えてしまうのではないだろうか。

どうしよう、どうしよう、としばらくうろうろ悩む。けれど電話をかけたところで、それら一連の経緯をうまく説明する自信が、私にはなかった。

それで、そのままうっちゃることにした。なかなか連絡をよこさないくにちゃんに痺れをきらしたおばあちゃんが、再びくにちゃんに誘いの電話(今度は正しい番号で)をかけ、それで先ほどのかけ間違いに気づいて、みんな(くにちゃんも含む)で囲む夕食の席で「いやあねえ、おばあちゃんったら」などと笑いあって、すべてが丸く収まることを、強く強く、それこそ初詣のときよりも強く願いながら。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/23

答えの出ない問い

Img_1072ほんとうは平塚市美術館へ行きたかったのだけれど、思った以上に遠そうなので断念し、代わりに本郷散策に出かける。

樋口一葉の旧居跡を探しながら、路地をうろうろ歩けば、そこかしこに木造の建物が残っている。しかもそのすべてが現役。そこはかとなく生活のにおいがたちのぼってくる。炎天下、家々の隙間を縫って、いくつも坂を上り下りするうち、井戸を3つ見つけた。

こういう古い町並みが消え、画一的な高層ビルやマンションばかりが幅をきかすようになってしまうのは、とてもさみしい。でも同時に、「都会に出て近代的な家に住みたい」「もっと便利な暮らしがしたい」と、白黒フィルムのなかで熱っぽく語り、現に右肩上がりの成長を支えてきた生活者たちを断罪する気分にもなれないのだった。

最近よく、そんなふうに答えの出ない問いを繰り返しているなあとぼんやり考えながら、FIRE HOUSEのチーズバーガーを食べて帰る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/22

古い写真

恋人のバイクで、台東区の中央図書館へ行く。郷土資料調査室の閲覧席に陣取って、古い写真をたくさん眺める。なかに昔の我が家が写っている写真があって、思わずコピーをとってしまった。

それからかっぱ橋道具街を散策し、浅草に出たところで、空腹に負けて少し早めの夕ごはんを食べる。さしたる期待もせずに、ふらりと入ったお店だったのだけれど、とてもおいしい。浅草界隈の銭湯に来ることがあったら、帰りはこのお店へ寄ろうと心に決める。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/21

噴酒

久々の取材。初めて組むディレクターさんで、勝手がわからず緊張した。取材後、打ち合わせと称して、カメラマンさんとともにお茶をご馳走になってから帰る。

恋人の帰りを待って、キムチ煮こみうどんをつくって食べたあと、古本市の反省会に顔を出す。初めのほうこそ真面目に意見を交換していたものの、お酒がすすむにつれて、話はだんだんあらぬ方向へ。そして本棚の隙間でおでんをつつきながら、何時間も楽しく飲んだくれた。

その場にいた半数が、椅子や床にふせって、夢うつつをさまよいだした深夜3時頃になって、ようやくお開きとなる。うちひとりは、ふらりと外に出て行ったまま戻らず、心配になって様子を見に行ったら、あろうことか歩道に身を横たえていたから驚きだ。

驚いたことといえば、もうひとつある。あるひとが、買ってきたばかりの日本酒を開けようとしたところ、瓶とふたの隙間からしゅーしゅー泡が漏れ出した。まさかまさか、とみんなの目がそちらにむいた途端、ふたがぽおんと飛んで、まるで噴水のように瓶から日本酒が吹き出したのである。

あ、と言ったきり、瓶を持った当人も含め、その場にいた誰もが固まった。そして噴水のおさまるのを、身じろぎもせず、まさに呆気にとられて見つめていた。それは一幅の絵のような、とても静かな光景だった。

噴水は瓶の中身を3分の1ほど押し出したところで、ようやく止まった。(繰り返すけれど、これは日本酒である。シャンパンではない。)みんなの笑い声が弾ける。なんだかひどく貴重なものを見た気分になった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/20

こんがらがる

兄嫁Nさんと生後8ヶ月の甥っ子と一緒に、近所のスーパーまで買物に行く。甥はお出かけが好きらしく、ぐずりもせず、大きな目をしばたかせてまわりの景色を眺めている。

買物を終えてレジに並んでいたら、見知らぬおじさんに「あんた子ども産むのかい?」と尋ねられた。びっくりして、いいえ、と思わずかたい声で答えてしまう。おじさんはそんなことには頓着せず、「子どもは早く産んだほうがいいよ。だいたい今は子ども少ないんだろ?だから……」としつこくなにやら言いつのったかと思うと、今度は別のレジに並んでいたNさんに声をかける。

妊婦に間違われるなんて、という失望よりも先に、もし私が不妊に悩んでいたら、という仮定のほうが頭に浮かぶ。そうしたらきっと私は、悪しざまにおじさんをののしるか、さめざめ泣くかするだろう。

ひとと接するときに、そういう仮定をひとつひとつ検証してから会話をするなんてことは、どだい無理な相談である。けれど、ときに不用意な発言で傷つくひとがいることもまた、たしかである。人間関係とは、かくもむつかしい。

ひとまず今日のところは、すべてをたっぷりしたワンピースのせいにしておく。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/19

礎の大切さ

Hくんとは別のディレクターさんから、仕事の依頼が入る。電話を切ってすぐ、また別のディレクターさんからも依頼がくる。まるで申し合わせたかのようである。

うち1件の取材先は、我が家と最寄り駅が同じだと聞いたので、地図で場所を確かめてみると、まさにご近所。それどころか、東側の窓から事務所が見えるではないか。「絶対に遅刻はいたしません」と、ディレクターさんにメールをしておく。

夜、進まない自転車をこぎながら、三浦しをん『私が語りはじめた彼は』を読む。三浦しをんの著作を読むのは、これで3作目になるけれど、自ら「活字中毒」と称するだけあって、どれを読んでもその豊富な語彙に舌を巻く。基礎体力の大切さを、あらためて痛感する。

私が語りはじめた彼は 私が語りはじめた彼は

販売元:楽天ブックス
楽天市場で詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/18

一長一短

ここ数日の記憶をたどりながら、言葉にする。

言葉に閉じこめられた景色や感情は、そのまま、それ以上でもそれ以下でもないものになって、広がりや奥行きを失ってしまうことがある。反対に、その言葉がきっかけとなって、忘れかけていた景色や感情が、糸をたぐるようにするする引き出されてくることもある。

記憶を言葉にするのは、とてもむつかしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/17

町から町へ

Img_0910 7時半起床。清々しい目覚め。筋肉痛を心配したけれど、ゆっくり歩いたのがよかったのか、どこも痛くない。

さっそく朝風呂へ行く。りんごの浮いた内風呂も、緑に囲まれた露天風呂も、ひとりじめ。なんともぜいたくな時間であった。

ふだん夜が遅いので、こうして温泉宿へ泊まると、きまって翌朝が辛いものだけれど、今回は心地よい疲れに身を委ねてたっぷり眠ったうえ、朝風呂にまで入ったので、からだの隅々までしゃっきり覚醒している。おかげで朝食もどんどん食べられる。おかずを残さなかったのはもちろん、麦とろごはんもおかわりしてしまった。

宿を出たあと、前日通りがかったときに目に留まった「懐古園」へ行ってみる。どうやらここは、小諸城の城址を公園にしたものであるらしい。隣接する動物園や島崎藤村記念館、郷土博物館などをあわせて楽しめる共通券を買い、大型バスで乗りつけた観光客らにまじって、若葉のなかをゆらりと歩いてみる。

昼食をとるためだろう、やがて正午が近づくとみんなどこかへ消えてしまい、代わりに遠足に来た園児たちが、「そうだったらいいのにな」体操を始めた。つづく「ひげじいさん」の歌を聞きながら、今度は動物園へ行ってみる。

ぐるぐる走りまわるフェレット、鮮やかな羽を広げたクジャクなどを眺めていると、どこからか遠雷のような、地鳴りのような、低い音が響いてくる。それが百獣の王、ライオンから発せられたものだとわかったとき、私も恋人も心底恐怖した。こんなにもライオンを怖いと思ったことはないかもしれない。それを知ってか知らずか、ライオンは低く喉を鳴らし、「危険動物」と書かれた檻のなかから、じいっとこちらを睨めつける。

怖い。怖いのだけれど、目をそらせない。あちらがぷいっと視線をそらしてようやく、凍ったようになった足が動いた。すぐ近くの檻では、クマがだらしない格好で、ぐうぐう天下泰平のいびきをかいて寝ていた。

Img_0926 Img_0943 Img_0944

Img_0958 それから、小諸の町を散策した。城下町である小諸は、北国街道の宿場町として栄えたらしく、今でもそこかしこに過ぎし日の面影を伝える建物が残されている。小江戸・川越に似た雰囲気を持った町だけれど、まだ観光地化されておらず、すれ違う人もほとんどいない。資料を求めて入った「ほんまち町屋館」でも、「こんな若いひと初めて来た」と歓迎される。最後にせいろそばを1枚ずつ食べて、帰路についた。

夕刻、無事に到着。休む間もなく自転車をこいで、映画保存協会の蔵で開かれている、「ちいさな上映会」へ行く。「郷土を調べよう」(1961年)や「はなれ島のくらし」(1971年)など、4本のフィルムを観る。最後に観た「職場の若者」(1964年)だけが劇映画で、青くさい若者たちが吐く、青くさい台詞に、いちいち腹のあたりがくすぐったくなった。

そんなこんなで、誕生日から3日間、好きなことばかりして過ごした。またしっかり働いて、旅の資金を稼がねば。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/16

登りぞめ

Img_0431_25時半起床。前日の天気予報では晴れマークひとつだったのに、寒々しく曇っている。そのうち晴れるだろうと、おろしたてのリュックサックを背負って、いよいよ山へ出かける。

初めて関越道を走る。三芳PAで運転を交代するついでに、朝食。山で食べるために、パンもふたつずつ買った。それからしばらくは私が運転する。もうすぐ高速を下りるというところで、ふたたび恋人と替わり、ずいずい山へ近づいていく。

急なカーブがつづくチェリーパークラインを登ってゆくと、高峰温泉に行き着く。秘湯ランプの宿として有名であるらしい。さらに先へ進もうとすると、遮断機のようなものがある。バーは上がっているけれど、ほんとうにこの道を行っていいのだろうかと不安に駆られながら、おそるおそる車を走らせる。

その不安は、走れば走るほど濃くなった。舗装されていないじゃり道に、体重をかけたらあっという間に崩れ落ちてしまいそうな頼りないガードレール、あちこちに立てられた落石注意の看板、そして実際に上から落ちてきたであろう石などが、私たちの不安をつのらせる。なにしろ後続車も対向車もいないのだ。

だんだん街が遠く小さくなり、山の姿が近づいてくると、ぱっと道が開け、目指す池の平駐車場にたどり着いた。ほっと胸をなでおろす。見れば、これから私たちの登る篭の塔山が、目の前にそびえ立っている。

うわあ、と歓声をあげて車外へ飛び出し、固まった。予想以上に寒いのである。急いで車のなかに戻り、パーカーを2枚重ね、ズボンを穿き替えて分厚い靴下を履いた。そしてこれまたおろしたての登山靴に足を入れ、恋人に紐をきつく締めてもらう。いっぱしの登山者みたいだよ、と恋人に言われ、気分をよくする。

リュックのベルトもぎゅっと締めあげ、いざ出発!Img_0609_3

意気揚々と登山道に入ってすぐ、絶句する。そこかしこにまだ雪が残っている。どうりで寒いわけだ。雪のおかげで一気に登山の難易度があがってしまった。「転んだって平気だよ」と、恋人はさくさく進んでいくけれど、雪道はおろか山道だって歩き慣れていない私は、おっかなびっくり雪の上に足を置いていく。そんな私をあざ笑うかのように、雪は途切れたかと思うと、突然また現れては行く手を阻む。

へっぴり腰にしかめ面で歩く私を、振り返り振り返りしながら、「雪さえなければ簡単な道なんだけどなぁ」と恋人もため息をつく。あとで聞いたところによると、恋人は私が登山嫌いになってしまわぬよう、必死だったのだという。けれど私は私で、遅々として前へ進めない私に恋人が愛想を尽かし、もうかなかとは山に行かないなどと言い出さないように、懸命にがんばっていたのだ。

そうこうするうち、なんとか樹林帯を抜け、雪道が終わった。今度は同じ道を下って帰るのかと思うと、内心不安でいっぱいだったけれど、頂上が近づくにつれて、だんだん楽しさのほうが勝ってきた。 Img_0629_2

ときおり、足を止めて、歩いてきた道を振り返ってみる。そのたびに、こんなに登ってきたのかといちいち驚く。そうして、もっと上へという気持ちが強くなり、突き動かされるように足が前へ出る。

「頂上だよ」

恋人の声に顔をあげると、ガレ場の先に、東篭の塔山の頂上が見えた。あと少し、もう少し。足元をたしかめながら、にじりにじり登ってゆくと、とうとう頂上にたどり着いた。池の平より約50分の道のりであった。

Img_0641  Img_0643  Img_0743

岩に腰を下ろして、しばし頂からの眺めを楽しむ。ぐるり360度の眺望である。はるか彼方に、私たちの乗ってきた車が見晴るかせ、ずいぶん登ってきたものだとあらためて感心した。風もなく、私たちのほかには初老の男性がひとりいるだけの、静かな時間であった。

さて、もういっちょ行くかと腰をあげる。実はまだ、西篭の塔山が私たちを待っているのだ。尾根伝いに東篭の塔山を下ってゆくと、また雪道に行き当たる。しかも今度のは狭く険しい下りで、なかなか手ごわい。ここで恋人が登山用の手袋を貸してくれた。これで両脇の木をつかみながら行けるし、手をついてしまっても安心だ。

恋人の案内に助けられながら、なんとかこの急場を脱すると、あとはまた登りのガレ場が続く。こちらはもう慣れたものだ。雪の下りと比べたら、数段歩きいい。そうして約30分で、西篭の塔山の頂上に着いた。

Img_0686こちらは東のように360度の眺望とはいかなかったけれど、誰もおらず、リュックサックを下ろしてのんびり休憩した。 先ほどまでいた東篭の塔山がよく見える。足元ばかりを見て歩いているときには気づかないけれど、たった30分でけっこうな距離を歩けるものだ。そう思ったときには、もう登山に魅せられていたのかもしれない。

ふたたびリュックを背負って、来た道を引き返す。ふと気づけば、雪道に対する苦手意識がだいぶ軽減されて、恋人の助けを借りなくてもさくさく歩けるようになっている。東の頂上に戻ったところで、昼食。三芳PAで買ったパンを食べる。今度は中年の夫婦がいて、「そっちの道は難しくないの?」「辛いなら待ってるか?」などとやりとりをしているのがおかしかった。

30分ほど休憩して、山を下る。恋人に教わったように、歩幅を小さく、腰を低く、できるだけ足首をまっすぐにして静かに足を下ろす、ということを意識しながら歩いてみる。そのおかげか、あるいは昼の間に雪が少し解けたおかげか、なんだかあっという間に下ってしまった。あんなに帰り道を心配していたことが嘘のようである。

そんなわけで、私の誕生日記念登山は、約4時間半で幕を閉じた。達成感を胸に、車で山を下り、菱野温泉は常盤館の立ち寄り湯に行く。トロッコ電車で露天風呂まで連れて行ってくれるという、一風変わった宿なのである。残念ながらメンテナンスのため、もっとも眺めのよい大桶風呂は閉鎖されていたけれど、登山の疲れを癒すには、大石風呂で十分だった。

つるつるぴかぴかになって、今宵の宿へ。島崎藤村ゆかりの中棚荘という宿である。名物は初恋りんご風呂で、その名も「文人風呂」。ぜひご利益にあやかりたいものだ。

館内は階段が多く、文人風呂もまた遠い。山でさんざん登り下りを繰り返してきた私たちには、少々こたえたけれど、それを除けばすばらしくいい宿であった。窓辺に置かれた文机と長座布団、火を入れた暖炉とライブラリー、館内を歩くときのためにと用意された篭など、細やかな心配りがうれしい。

長くなったので詳細は省くけれど、着いてすぐ、山羊や豚のいる前庭を散歩したり、食後には卓球まで楽しんだ私たちは、なかなかに元気である。でもさすがにからだは正直で、布団に入った途端、急坂を転げるように眠りに落ちていった。

Img_0852_2 Img_0836_2 Img_0819 Img_0884

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/15

そして、これからも

Img_0494 28歳になった。

その瞬間は、あたたかい光とお酒、親しいひとたちの笑い声に囲まれて、とあるお寺で迎えた。それは愉快な夜だった。午前2時をまわってから、「おめでとう」の声を背中に、家路についた。

午後、真新しいカメラを手に、恋人と谷中へ行く。なにをするとも決めていなかったのだけれど、自転車をこぐ間にどんどんしたいことが浮かんできた。

ひとまず谷中コミュニティセンターに自転車を置かせてもらうと、桜並木を歩いて谷中墓地を抜け、上野桜木のイナムラ・ショウゾウに入った。休日には長い行列のできる、この界隈では有名なフランス菓子店である。さんざん悩んで、ケーキをふたつ、恋人に買ってもらう。

それからぽくぽく裏道を歩いて、スカイ・ザ・バスハウスやバテレン商會、みかどパンなどをのぞきながら、コミュニティセンター前の原っぱに戻り、うららかな陽射しに包まれたベンチでケーキを食べた。手も口もべとべとにしながら、豪快に。甘さと一緒に、幸福がじんわりからだに染みわたり、どうしたって頬がゆるんでしまう。

なんだか無性にバスに乗りたくなって、空になった箱をぶらさげたまま、三崎坂から「めぐりん」に乗った。愛らしい形をした、台東区のコミュニティバスである。私たちにはとても馴染み深いバスで、外出先でひょっこりめぐりんと行き会ったりすると、ひどく懐かしい気持ちになるくせに、よくよく考えてみれば、まだ実際には乗車したことがないのだった。

私たちの乗ったのは「東西めぐりん」で、上野や浅草をめぐるらしい。ハンドルをいっぱいに切って、思わぬ細道へ入っていったりするので、おもしろい。隣に乗り合わせた老夫婦や、「池袋へ行きたいのですが」と英語で話しかけてきた東欧の観光客などと言葉を交わしながら、下町情緒たっぷりの車窓を楽しんだ。

めぐりんは、約1時間かけてルートを一巡し、私たちをもといた場所に連れ帰ってくる。ふたたび自転車に乗って、知り合いの新刊書店に寄るころには、日も暮れかかり、風がぐっと冷たくなってきた。

寒い寒いと言いながら、根津神社近くの蕎麦屋、よし房 凛へ入る。せっかくの誕生日だから、ちょっと奮発してイタリアンのフルコースでも食べようかと恋人は言ってくれたけれど、ナイフフォークよりも、お箸を使って食事がしたい気分だったのである。それで、知人に薦められたこのお店を選んだ。

薫り高い蕎麦茶を飲みながら、肉厚の鴨焼きと熱々の天ぷら、最後にせいろをいただく。これがはっとするほどおいしい。ああ、蕎麦ってこんなにおいしいものだったのかと、思わずため息がこぼれた。

からだも心も満たされて、ひんやり冷たい夜気のなかを帰る。私はこうして、今日もここで生きている。

Img_0384_3 Img_0449  Img_0503 Img_0482_4

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/14

旅立つ

未明、我が家の老犬トムが、黄泉に旅立つ。人間の年に換算すると、約100歳。大往生だった。

私がまだ小学生だったころ、家族で旅行に行く間に、当時飼っていたミニチュア・シュナウザのペペをペットショップに預けた。そこがとんでもないところで、数日ののち、ペペを迎えに行くと、どうも妊娠してしまったらしい、と告げられたのだ。今のご時世なら、あるいはペットショップを相手取って裁判、などということにもなりかねないけれど、私たち家族は喜んだ。新しい家族が増える、と。そうして生まれたのがトムだった。

トムには兄弟が2匹いた。でも父親が大きい種類の犬だったのか、ひどい難産で、とうとう2匹とも産声をあげることが叶わなかった。

たった1匹だけ残ったトムを、私たちはさんざん甘やかした。そのせいでトムは、まるで人間のような顔をして育った。ひとの顔色をうかがい、悪事をごまかし、夜は必ず誰かのベッドで眠り、ケージに閉じこめると喉が枯れるまでしつこく鳴きつのった。

そんなトムも年をとり、いつしかひとところにじっとうずくまることが多くなっていった。ところが、突如痙攣を起こした夜を境に、どこかのネジがはずれたかのように、昼も夜もなく叫びつづけ、うろうろと辺りを徘徊するようになった。壁にからだをこすっても、棚に頭を突っこんでも、それは止まることがなかった。

だから仕方なく、大きな段ボールのなかに、トムを入れた。そこでもトムは、ぐるぐると歩きまわりながら叫びつづけた。その姿があまりにも苦しそうだったので、このまま苦しみつづけるのならいっそ、と悲壮な決意を胸に、トムを抱えて動物病院の扉を叩いたこともあった。けれど医者は頑として首を縦に振らなかった。

ある日、トムが痙攣しながら血を吐いた。下になった頬が真っ赤に染まるほど、とてもたくさん。ああ、いよいよそのときがきたのだと、私たちは覚悟を決め、段ボールのまわりに集まって泣いた。けれど痙攣がおさまると、トムは再び立ち上がって歩きまわり、いつもよりさらに激しく吠え立てた。

そんなことが、何回かつづいた。そのたびに私たちは、今度こそ危ないのではないかと、集まって涙をこぼしたけれど、トムは気丈に生きつづけた。最初の痙攣から、もう1年が経とうとしていた。

最期のときは、突然訪れた。トムは夜の闇のなかで、あるいは朝の雨音を聞きながら、人知れず旅立っていった。触れてみると、驚くほど冷たく、硬く、もうそこにトムのいないことが一瞬でわかった。兄嫁Nさんの手向けた花を抱いて、トムは静かに我が家を去った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/13

3人家族になる

15年来の親友であるかしまし娘のひとり、Sちゃんが、長男を出産したとの連絡が入る。Sちゃんの細いからだに似合わず、3320gもあるという。メールに添えられた写真を見たとたん、なにか思うより先に、涙がこぼれた。

ほんとうに、よくがんばった。お疲れさま。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/12

できるやつ

我が家に新しいデジカメがきた。一眼レフには遠く及ばないけれど、今使っているものよりもずっと多機能で、シャッタースピードや絞りも選べる。正直なことをいうと、それをどうすればどんな写真が撮れるのか、実はまだよくわかっていない。ただなんとなく、すごそうではある。

これから熱心に研究を重ね、日々の記憶を彩るような写真を撮ってみたい。まずは記念すべき初登山でのデビューを目指している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/11

あの日の決意

2008_05110003_2 自分を特別親不孝だとは思わないけれど、特別親孝行だとも思えない。でも、ひとつだけ、心に決めていることがある。それは、両親を最期までしっかり看取ること。ぜったいに先立たないこと。

誰にでもあることだと思うけれど、生への執着の揺らいだことが、私にもあった。たぶん、今よりもさらに、自意識過剰だったのだろう。でも不思議なことに、先の決意は、このころに芽生えた。そして私の心にどっしり根付いた。

両親にもらったのと同じだけのものを、きっと私は返すことができない。だからせめて、あの決意だけは手放さずにいたいと、母の日に寄せて思うのだった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/10

予定は未定

古本市で買った本(計26冊)が、本棚に収まりきらない。すでに机の上にも、読まれる日を待つ本がわんさかあるというのに。床に積んだままになっている新参者を見下ろして、ため息をつく。

それで、仕事がないのをいいことに、読書に耽った。吉行淳之介『鞄の中身』と、眞鍋じゅんこ『産む快感』を読む。前者は古本市の2日目に200円で購入。後者は小説の資料として、数ヶ月前に馴染みの古書店で購入した。

実は、眞鍋さんとはちょっとしたご縁がある。一昨年の古本市のときに、カメラマンの旦那さんと一緒に、取材に来てくださったのだ。眞鍋さんご本人とはその後お会いしていないけれど、旦那さんとは、つい先日お酒を飲んだ。とても気持ちのいいご夫婦である。

そういえば、おふたりのお子さんを取り上げた助産師さんは、偶然にも私の姪を取り上げたのと同じ人だ。日本一忙しいとされる助産師さんだけに、こういうこともあるのだろう。いつか子どもを産むようなことがあったら、私もその方にお願いしたいと、眞鍋さんの本を読みながら思った。まだしばらくその予定はないのだけれど。

産む快感 産む快感

著者:真鍋 じゅんこ
販売元:自然食通信社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008/05/09

ふたつめの贈り物

2008_05090009 恋人につづいて、兄嫁Nさんが誕生日プレゼントをくれた。つい数ヶ月前に谷中にできたばかりのお店で買ったというプレゼントは、包みをとくのが惜しくなるほど愛らしく飾られていて、思わずうっとりしてしまう。何枚か写真を撮ったあとに、ため息まじりに箱を開けると、なかには革のカードケースが収められていた。

Nさん、どうもありがとう。大切に、でもわしわし使います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/08

牛まっしぐら

とあるライターさんが熱心に薦めるので、小石川図書館へ行ってみる。なるほどたしかにすごい。なにがすごいって、楽譜やレコードがそろっているうえ、試聴までできるのだ。何枚かレコードを聴き、ギターで弾いてみたい楽曲の譜面をコピーして帰る。

夜、「進まない自転車」をこぎに行くつもりで、その前に腹ごしらえをと、お気に入りのごはんやさんへ行く。栄養バランスのとれたたっぷりのおかずに、ふっくらつややかなごはん。相変わらずおいしい。からだにいいことをしてやったような気になって、家へ帰り、いざ自転車をこぎに行かんというところで、伝統の一戦に見入ってしまって行きそびれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/07

かぶとやま

2008_05080058_2今日でおしまいだというので、千駄木にある旧安田楠雄邸の五月飾りを見に行った。床の間の寸法に合わせて、名高い人形作家・永徳斎にあつらえさせたというだけあって、立派なものである。昭和11年に作られた品とは思えないほど美しく、長い歳月、大切に保管されてきたことがうかがえる。

旧安田邸にお邪魔するのは、一般公開前、ボランティアとして掃除を手伝いに来たときを含めてこれで三度目だけれど、何度訪れても感心してしまう。こと今日のようによく晴れた昼は、広く開け放たれた窓から、緑の匂いをはらんだ清々しい風が吹き抜けていって、気持ちがいい。

夕刻、仕事帰りの恋人と神保町でおちあった。なにをするのかといえば、来週に迫った私の誕生日プレゼントを買いに行くのである。

新しい自転車、カメラ、とほしいものはあったのだけれど、恋人が私のために選んでくれたプレゼントは、登山靴とリュックサックだった。趣味の登山に、私をひっぱっていこうというのである。

その方面に関してはまるで素人なので、言われるがまま何足かの靴を履き、いくつかのリュックサックを背負ってみた。そうして、靴底の返り具合や背中の当たり具合、機能性などを慎重に吟味し、それぞれひとつずつ選びだして買ってもらう。

不思議なもので、支払いがすみ、いよいよ自分のものになった途端に、それまでよそよそしかった品たちに愛着がわいてきた。軟弱な私に登れる山なんて高が知れているけれど、その行程や、頂から望む景色を思い浮かべると、知らず知らず頬がゆるんでしまうのだった。

    2008_05080027       2008_050800362008_05080042_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/06

おてんとさま

2008_05060144_2古本市weekの最終日。予想よりも仕事が進んだので、恋人と谷根千の町をまわって、イベントをはしごした。

まずは、スタンプを集めた台紙を持っていくと、ワインをサービスしてくれるというイタリアンレストランで昼食をいただく。供してくれたカリフォルニア産の白ワインは、すっきり優しい舌触りで、トマトベースのパスタにもよくあった。デザートまでおなかにおさめて、幸福な気持ちで青空号をこぐ。

それから、町のあちこちで行われている展覧会を、3つ見てまわった。そのどれもが、知り合い、もしくは知り合いの知り合い、という風にゆるくつながっていて楽しい。今回新たに、あっと驚くようなつながりを発見して、あらら悪いことはできないわねえ、と笑いあった。

それにしてもいいお天気。どうして3日前にこれだけ晴れてくれなかったのかと恨めしく思いながらも、この空気を満喫したくて、久々に恋人のSRに乗せてもらう。鮮やかな緑に彩られた内堀通りを一周し、ついでに恋人が教鞭を執る大学の前を通ってもらって、帰る。お天道さまに誘われて、すっかりのんびりしてしまった。

で、仕事。根をつめてパソコンにむかったら、日付が変わる直前に仕上がった。やればできるのだ。なかなかやろうという気にならないことのほうが問題なのだけれど。おとついの絶望的な気分を思い出して、ふふんと鼻で笑った。

  2008_05060149_2 2008_05060147_3

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/05

しょうぶ湯

とにかく仕事。書いて書いて書きまくる。

お風呂が壊れてしまったので、夜、恋人と一緒に近所の銭湯に行く。くしくも今日は、こどもの日。年に一度のしょうぶ湯を楽しむことができた。しかも私がからだを洗っている間に、湯ぶねにつかっていたご婦人方が湯浴みを終えて出て行ってしまったので、広々としたお風呂をひとり占め。いっそ大声で歌でも歌いたい気分になったけれど、男湯から怒声が飛んできそうだったので、やめておく。

しょうぶ湯でリフレッシュしたおかげで、すいすい仕事がはかどる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/04

黄金週間はいずこ

休む間もなく、仕事に着手する。いまだかつて、こんなに仕事をためたことはないと断言できるほど、危機的状況にある。

家族からの食事の誘いも断って、しかめ面でパソコンに向かうも、苦戦。けれどだんだん調子が出てきて、思いのほか進む。希望が見えてきた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/03

おどろき もものき さんしょのき

古本市2日目。今度もまた、昨日買ったばかりのトップス(安いほう)を着てみる。そうでもしなければ、気分が盛りあがらない。なにしろひどい雨なもので。

自転車に乗るのをあきらめて、徒歩でまわる。雨だからといって、別段大きな混乱は起こらなかったけれど、会う人会う人、みんなどこか消耗した顔をしていた。お天気のことゆえどうしようもないのだけれど、申し訳ない気持ちになる。途中で雨がやみ、すわお天道さまが拝めるのかと思いきや、またぽつりぽつりと降り出したりして、なんとも嫌な空模様。

それでも古本市は楽しかった。1日目に12冊も買ってしまったくせに、さらに14冊も買ってしまった。それに手作りのブックカバーを足しても5000円に満たないのだから、本当にみなさん良心的だ。回を重ねるごとに、箱のディスプレイや本の見せ方(あるいは魅せ方)も凝ってきて、とても勉強になる。来年あたり、私たちも箱を出したいねと、恋人とひそひそ言い合う。

半分ほどまわったところで、急遽来られなくなったメンバーに代わって、ふたりで賞を出すことになる。それから終了時間までさんざん悩んで、恋人と音楽の趣味がぴたり一致した箱に差しあげることに決めた。賞品は、打ち上げイベントにいた人だけの秘密。

そういえば今日は、ふたつ驚いたことがあった。

ひとつは、卒業以来ずっと会っていなかった高校の同級生に会ったこと。違ったらどうしようと思いながら、勇気を出して声をかけてみたら、やはりMちゃんその人だった。どうやら彼女の恋人が古本好きで、引っ張ってこられたらしい。

ふたつめは、先日D坂シネマのときにお邪魔した、映画保存協会の蔵で起こった。突然ばりりと大きな音が響いたかと思うと、天井からにょっきりひとの足が突き出したのである。築100年にもなる蔵のこと。2階にいたひとが床を踏み抜いてしまったらしい。

その真下に置いてあった箱に、床板の一部とほこり、つづいてなにかのコードが降りかかり、きゃああと大きな悲鳴が響きわたった。幸い、床を踏み抜いた当人がおっこちてくることはなく、ケガ人も出なかった。だからこうして笑い話として公開できるけれど、一歩間違えれば大惨事になるところだった。

あとになって、ぽっかり空いた穴を下からのぞいてみると、2階の窓から風にそよぐ公園の緑が見えた。それはなんとも平和な光景であった。

夜はぐずぐずと3次会まで。家に残してきた仕事のことを思うと、ちっとも酔っ払えなかったけれど、ベテランデザイナーさんからうかがった、表紙の名前の位置を定めるだけで4日もかかった話など、興味深い話がたくさんあった。

よく食べ、よく買い、よく歩いた一日。たぶん8~9キロは歩いたと思う。文句ひとつ言わず、市を盛りあげてくださったみなさまに、心から感謝。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/02

さよなら諭吉さん

仕事で夜更かしをしたせいか、ずいぶんと朝寝坊をしたうえ、起きてしばらく経ってからもまだぼんやりする。とてもパソコンに向かう気分ではなかったので、コンタクトを買うという恋人にくっついて、街へ出た。

恋人が眼科へ行っている間に、近くの店で洋服を見る。するとおとつい買物をしたばかりなのに、またむくむくと購買意欲がわいてきて、トップスを2枚買ってしまう。諭吉さんがふたり、あっという間に私の元から去っていった。なんという早わざ。がんばって働かねば。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008/05/01

山に分け入る

今日から5月。私の誕生月。

一日中家にこもって仕事をする。最近、好き勝手しすぎたので、山のように仕事が積みあがっている。その山に、にじりにじり分け入っていく。

寝る前に、先日取材した古本市関連の記事を、ネット上に公開する。唯一、記名で書いている記事である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2008年4月 | トップページ | 2008年6月 »