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2008年6月

2008/06/30

真意やいかに

明日、家族そろって母の誕生日会をすることになったので、兄嫁Nさんと買出しに行く。もちろん甥っ子も連れて。

パーティだからと、ちょっと奮発して高級スーパーまで足を延ばしたら、あっという間に予算オーバー。やり慣れないことをすると、こうなる。でもこういうことに使うお金ならばと、思い切って買う。

夜は仕事。遅まきながら、最近になってやっと自分の仕事のペースがつかめてきて、どのくらいの時間でどれだけ書けるか、なんとなく予測できるようになった。ただし、それはこの広告の仕事に限ったことであって、ほかのことにはてんで応用が利かないのだけれど。

よいコピーがひねりだせたように思えたので、書きあげたものを恋人に読ませてみると、「それっぽい」という評。はたしてそれが褒め言葉なのかどうかは、ついにわからないままである。

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2008/06/29

地球の男

朝からどしゃ降りの雨。

相変わらずHくんと連絡がとれないので、痺れを切らして「地球にいないの?」とメールを送ったら、ようやく電話がかかってきた。それから一日中仕事に専念する。

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2008/06/28

みんな大人になりました

小学校の同窓会に出席する。往復はがきでお知らせがくるような正式な会ではなく、発起人が携帯メールで「連絡先を知っているひとにまわしてください」と地道に呼びかけて実現した会だったのだけれど、それでも20名近いひとが集まった。

でも私は、ひとを集めるのにまるで役に立たなかった。だって今の小学生とは違い、あのころは誰も携帯なんて持っていなかったのだ。高校まで同じ教室で学んだひともいるにはいるけれど、残念ながら、それでもまだPHSが最先端だった時代である。それからさらに10年ものときが流れた今、卒業後も親しくつきあってきた数人の連絡先しか知らなくとも、不思議ではない。

二児の母になったひと、家業を継いだひと、いまだ学生のひと、明日、恋人の実家へ結婚の申し込みに行くというひと……。道はひとそれぞれなれど、みんな立派な大人になっていた。けれどそれより驚いたことには、根っこのところはちっとも変わっていないのである。そのことが、なんだか一番うれしかった。

5時間のあいだに、駆け足で十数年分の話をして、手を振って別れる。そうしてまた、それぞれの人生に戻っていく。

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2008/06/27

それは、今

カード代、携帯代、税金などをまとめて支払い、見事にすかんぴんになる。それでよほど浮かない顔をしていたのか、区役所の窓口のひとが3人がかりで世話を焼いてくれた。いや、単に暇だっただけかもしれない。

夜、友人と2時間半にわたって長電話をするImg_0380。誰かと電話でこんなに長い時間話しつづけたのは、とても久しぶりである。けれどどうしたって、今日話をしなければ気がすまなかった。人生にはときどき、そういうことがある。

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2008/06/26

余韻

一日中仕事。原稿のことで相談があったので、Hくんに電話をかけたりメールを送ったりしたのだけれど、音沙汰なし。もう知るかい!という気分になって、勝手に構成した原稿を送りつける。

昨日のツアーの余韻で、仕事の合間に、今はなき生家の写真を引っ張り出してきて、昔を偲ぶ。ベビーカーのなかで笑っている自分が、母にそっくりであることに気づき、胸がじんとした。

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2008/06/25

まちと家と社交場

Img_1665_2「中古民家めぐりツアー 谷中・千駄木編」に参加する。案内してくださったのは、『中古民家主義』というとてもおもしろい本を書かれた眞鍋じゅんこさんと、イラストを担当されたアーサさん。

おふたりとも長らくこの界隈にお住まいで、地理には明るい。それゆえツアーは、ときに思いもかけない路地へ私たちをいざない、よくよく親しんだはずの場所もするりと表情を変える。まさかこんなところがあったとは、と恋人と顔を見合わせてはため息をつくうちに、ツアーはあっという間に終盤を迎えた。

最後にお邪魔したのは、なんと眞鍋さんがかつてお住まいだった古い貸家。以前この日記でも紹介した『産む快感』が書かれた、まさにその場所である。眞鍋さんが出産に臨んだ1階の和室は、驚いたことに、隣の大家さん宅と坪庭を囲む形で接しており、曰く「私の唸り声が聞こえてる間、みんな必死にお祈りしてくれてたんだって」とのこと。なんともはや。

つづいて、馴染みの古書店でスライドトークが行われた。今度は写真を担当された鴇田さんも交えて、3人で。そして残った約20名で、お約束の打ち上げが開かれた。そろそろ終電が、とひとりまたひとり減っていくなか、もちろん私と恋人は図々しく居座り、なにがどうなったのか、しまいには立ち上がって踊っていた。空が白みはじめた午前4時、ようやく家路につく。

色々なひとと色々なことをしゃべったので、細部については忘れてしまった。けれど、とにかく愉快な夜だったという記憶が、からだの隅々にまで染みわたっていて、あるいはそういう感覚のほうが、会話の内容よりもずっと大切なのかもしれない。

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2008/06/24

しおりの行方

新宿にて取材。次々と著名人の名前が飛び出すおもしろい取材であった。

帰りの電車で、岸本佐知子『気になる部分』を読んでいたら、だんだんにまぁと頬がゆるんでくる。それどころか危うく笑い声までもらしてしまいそうになった。いけないいけない、と態勢を立て直すべく、一旦本から顔をあげたとき、向かいの座席に座るひとが、一枚の細長い紙を踏んづけているのが目に入った。いつ落としたのか、そしてどうやってそこまでたどり着いたのか、それは明らかに私の本にはさまっていたしおりである。

とはいえ、書店でもらった広告だらけのしおりなので、わざわざ立っていって「あのう、それ……」などと言って車内の注目を浴びることもないだろう。いやいや、ひょっとすると私の本からしおりがすべり落ちる瞬間を目撃していた乗客がいて、「あ、あいつ今しおりの行方に気づいたぞ!さあ、どうするんだ?」と、息をつめてことの成り行きを見守っていて、私がこのまま拾わずに降りてしまったら、「なんだ、意気地なしめ」と彼を落胆させてしまうかもしれない。どうしたものか。

そうこうするうち、降車駅が近づいてくる。私の心臓は早鐘を打つ。ああ、拾うべきか、拾わざるべきか、それが問題だ。

というような脳内の動きが、この何倍もおもしろおかしく書かれている本なのである。けっきょく私は、しおりなど素知らぬ顔で電車を降りた。

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2008/06/23

対価

広尾で取材。恵比寿駅からぽくぽく歩く。高級そうなマンションや洒脱なカフェが並ぶ一角に、ときどき、そこだけ時間が止まったような古い建物がぽっかり現れておもしろい。そのうちの何軒かは、きっと数年のうちに取り壊され、つるつるぴかぴかのビルになってしまうだろう。そうなる前に、あらためて散歩しに来ようと誓う。

ここ最近、忙しさのあまりメールの返信も滞りがちだったディレクターのHくんだけれど、数日前に社内でMVPを受賞したらしく、今日はご機嫌だった。さらに、私と組んで書いた広告も、社内のお偉いさんが審査中だとのこと。それは私にとっても、長い時間をかけて仕上げた思い入れの深い広告なので、ぜひともなにかしらの賞を獲ってほしい。

とはいえ、請負の私には、賞金もなにも出ない。まだ賞を獲ると決まったわけでもないのに、「代わりになにかおごってよ」とHくんに迫ると、「妻のお許しが出たらね」とにべもない。それじゃあ仕事に対するモチベーションがあがらないじゃないか、と口を尖らせたのも束の間、その広告が、依頼主の望んだとおりの効果を生んだと聞いて、途端にうれしくなる。

やっぱり、お金のためだけじゃ仕事は続けられない、などと殊勝なことを考える。それが先ほどの考えと矛盾していることには、気づかない。

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2008/06/22

モテないふたり

4ヵ月ぶりに髪を切る。肩下5センチから、あごのラインまでばっさりと。首がすうすうしてなんだか恥ずかしくなったけれど、堂々と胸を張って帰る。

ところで、美容室で眺めた雑誌に、とてもおもしろい特集があった。正式名称は忘れてしまったけれど、「お嫁さんにしたい愛されヘアスタイル大特集!」というような類のもので、ご丁寧にも銀行系、IT系、外資系、弁護士などといった「モテ職業」を10種ばかり列挙し、どの職業の殿方にはどんな髪型が好まれるか、実例写真つきで示してくれるのである。

それがまたどれも似たり寄ったりで、私にはまるで区別がつかない。要するにみんな茶髪ロングのくるくるヘア(いわゆるエビちゃんヘア)なのである。それで、色のトーンや巻き具合を微妙に変え、どの職業にはうんぬんと書いてあるのだから、可笑しい。女も男も、ずいぶん馬鹿にされたものである。

「よおしupこの髪型で弁護士のダーリン、ゲットだぁhappy02shine」なんて本気で言っている女子がいたら、ぜひお目にかかってみたい。(このブログで絵文字を使うのは、これが最初で最後やもしれぬ)

ちなみに、非常勤講師はもちろん、研究者・大学教授も、残念ながら「モテ職業」には含まれていなかった。世間の風当たりは厳しいけれど、がんばれ、恋人よ。なんて、おかっぱ頭の私に言われたくないか。

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2008/06/21

大人の事情

夏至。昨日返しそびれた本を返しに行く。今度はちゃんと昼間のうちに、カウンターまで。雨だぞ雨だぞ、と気象予報士におどかされたせいか、谷中銀座もいつもの週末と比べてひとが少ない。

夜、プロ野球巨人対ソフトバンク戦と、バレーボール日本対トルコ戦を交互に観る。どちらも目が離せない接戦。

特に1対0で迎えた9回裏、ランナーを背負いながらも、なんとか8回まで無失点で切り抜けてきた完封目前の杉内と、ベテラン代打・大道との対戦は見ものだった。ツーアウト、フルカウント。ファールで粘った8球目は、見事レフトスタンドに飛び込む同点弾!試合は振り出しに戻ったのだった。

そのまま延長戦にもつれこみ、12回表、巨人はとうとうソフトバンクに1点を奪われてしまう。絶対絶命かと思われたその裏、3打席連続三振を喫するなど、それまでいいところのなかった木村が2点タイムリーを放って、巨人が逆転サヨナラ勝ちをおさめた。なんともドラマティックな試合である。

けれど考えてみれば、大道だって木村だって、ついこの前までは別の球団にいた選手である。いったいなにを応援しているのだか、だんだんわからなくなってしまう。ソフトバンクだって、私にとってはいまだにダイエーである。さすがに南海とは間違えないけれど、時々「あれ?福岡ソフトバンク・ダイエーだったっけ?」などと混乱する。

野球も「大人の事情」で動いているのだった。

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2008/06/20

今そこにある危機

夜、谷中コミュニティセンターのポストに本を返却しに行くと、「洞爺湖サミットが閉幕するまで、テロ対策のために、返却ポストの使用を中止します」というような趣旨の貼り紙があった。仕方なくとぼとぼ帰る。

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2008/06/19

けりのつけ方

夕方の再放送を観て、途中からはまってしまったドラマ「ラスト・フレンズ」。首を傾げたくなる箇所もたくさんあるのだけれど、DV男と、そんな男からぐずぐず離れられない女の描き方に興味を持って、とうとう最終回まで観てしまった。そして思った。

最終回、必要あったのか?

百歩譲って、大団円の演出に一枠必要だったとしよう。けれど10分の拡大までは不必要だった。絶対に。

バイクを借りてきたのはなぜ?あんなに見晴らしのいい道で事故を起こしたのはなぜ?そしてふたりとも無傷で、バイクにも傷や凹みがないのはなぜ?特に意味がないのなら事故のシーンを挿入したのはなぜ?美知留の居場所は突き止めていたのに、あえて偶然出会わせたのはなぜ?無事に出産するのなら、高血圧で母子ともに危険だとかなんとかいう設定にしたのはなぜ?

と、ひとりでテレビに問いかけ続けてしまった。役者さんの熱演が光っていただけに、過剰な、そして無意味な演出が残念であった。あるいは10分拡大ありきで、むりやり脚本を引き伸ばさざるを得なかったのかもしれない。そう信じたくなるほど、ひどい内容だった。

それで私は、物語にけりをつけることのむつかしさを、あらためて感じたのだった。私も物語を書くことを志す者として、けりのつけ方にはほとほと手を焼いている。プロの脚本家と自分を同列に論じるのもおこがましいのだけれど、プロだってひどいけりのつけ方をしてしまうことがあるのだと、なんだか安心したのだった。

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2008/06/18

タイムカプセル

母、兄嫁、甥っ子と徒歩10分の商店街まで買物に出かける。ひとり空腹を訴える母につきあって、ラーメン屋へ入った。ラーメン屋といっても、ワインが置いてあるようなちょっとしゃれた店で、子どものころ、よく母と訪れた。

数年ぶり、あるいは十数年ぶりになかへ入ってみると、なにやらすてきなBGMがかかっている。甘く気だるい声で女性ボーカルが歌うのは、かの有名な「ホンキー・トンク・ウーマン」。続いて70年代ソウルが控えめにかけられた。

決して広くない店内の一角はレコードで占められ、レジの後ろにも大量のCDが積みあげられている。どうやら店主は、かなりの音楽好きであるらしい。そういえば店の入り口にも、スタンドマイクを前に、目をつむって熱唱する黒人歌手の置物があった。子どもだったころには、そんなこと気に留めもしなかった。

ときが流れたのだなぁと、冷やし中華を食べながらしみじみする。

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2008/06/17

作ってください

録画しておいた「都市と歴史 NY」を観る。壮大な都市計画を実行したその熱意にも驚かされたけれど、なにより驚いたのは、200年前から今日までの街の移り変わりを一瞬にして再現してしまうCG技術であった。埋立地がだんだん拡張されていく様子や、高層ビルの間を碁盤の目状に走る道路が、もとは川であったことなどが、一目でわかる。一緒に観ていた恋人も、授業で使いたい、とぽつりつぶやいた。東京編を強く待ち望む。

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2008/06/16

線引き

お金にならない仕事をする。いや、お金にならないのだったら、仕事とは言わないのかもしれない。趣味、とでも呼べばいいのだろうか。でもそれとも少し違う気がする。今は趣味としか説明の仕様がないけれど、いずれはお金を生み出す仕事につながるかもしれないこと、ならどうかしらと、くどくど考える。

夜、次兄の相談にのる。アーティスト(芸術家)を志す彼もまた、お金になるかならないかの狭間で、作品を生み出しているのだった。本意ではなくとも、「書く」という行為でいくばくかの収入を得ている私のほうが、あるいは兄より恵まれているかもしれない。

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2008/06/15

ダブル市

Img_1600_2  おろしたてのサンダルを履いて、鬼子母神の手創り市へ行く。副都心線開通記念イベントとして、今回は特別に、知人の企画した古本市も同時に開催されるのだ。

残念ながら、私たちは副都心線の恩恵にあずかる地域に住んでいないので、JRに乗って池袋まで行き、そこからぽくぽく歩く。鬼子母神の近くまでくると、新設された雑司が谷駅のほうから、たくさんの人が流れてきた。手創り市に出店している知人によると、いつもの2倍近い人出だという。

ぐるりと会場をめぐって、見知った顔にあいさつをし、古本数冊とカップをひとつ買った。それから雑司が谷の駅を見物しに行く。外観しか見ていないけれど、さすがに洒脱な造りである。

駅前にスタンプラリーの台紙があったので、スタンプを押してみる。なぜか青い馬だった。またぷらぷらと鬼子母神へ戻って、ここでもスタンプを押してみる。今度は赤い羊だった。鹿じゃなくてよかったと、胸をなでおろす。

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2008/06/14

こころは夏

たっぷり10時間眠って起きる。やや足にだるさは残っているものの、もう次の登山のことを考えられるくらいには元気である。さっそくパソコンに写真を取りこみ、勇壮な富士山をうっとり眺めた。

午後、恋人に頼んで、SRで銀座へ連れて行ってもらう。サイズがなくて取り寄せてもらったサンダルを、松屋まで取りに行ったのである。これでこの夏もわしわし歩ける、と嬉しくなる。

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2008/06/13

風の太い腕

Img_1447_35時起床。踊りだしたくなるほどいいお天気。二度目の登山を前に気持ちが昂っていたのか、目は閉じていても一晩中うっすら覚醒しているような状態で、ほとんど眠れなかったというのに、この抜けるような青空を見た途端、活力がみなぎってくる。

リュックサックと登山靴を車に積んで、一路、勝沼へ。

6時40分頃、朝食をとるために談合坂SAに入る。フードコートは営業しているものの、パン屋とレストランはまだ開店準備中となっている。無理もない。いつもなら私たちだってまだ布団のなかにいる時間だ。それが今日は、こんなにも遠くにいるのだから、おもしろい。

フードコートでおにぎりと豚汁を買い、よその旅人たちにまじって食べた。食事をしている間に7時になり、パン屋が開店したので、昼食用にそれぞれふたつずつパンを買って、先を急ぐ。途中でぽっかり富士山が見え、思わず歓声をあげてしまった。

勝沼で高速を下りると、今度は山肌に沿って、うねうねした道を30分ばかり走る。一度は視界から消えた富士が、木立の間からふたたび顔をのぞかせ、登山への期待をかきたてる。

8時30分、上日川峠の駐車場に到着。もはや携帯の電波も届かない。ズボンを穿き替え、登山靴に足を入れると、恋人にぎゅうぎゅうきつく締めあげてもらう。そしてピンクのリュックを背負い、いざ出発!

8時50分、ロッヂ長兵衛の脇から伸びる登山道を歩き始める。道は、林道と舗装された道路と二手に分かれていたのだけれど、まだ歩きはじめだからと舗装されたほうを選ぶ。ところが、コンクリートは衝撃をまったく吸収してくれないので、すぐに疲れてくる。それを察したのか、恋人が「最初がいちばん辛いもんだよ」と励ましてくれる。

20分ほど我慢して歩くと、福ちゃん荘という山小屋に着いた。ここからいよいよ山道に分け入っていく。

Img_1472 少し行くと、今度は右手に、富士見山荘という山小屋が現れる。展望デッキが設けられており、その名のとおり、立派な富士を拝むことができた。あまりの見事さに、つい足を止めて見とれてしまう。さんざん登山をしてきた恋人ですら、富士山がこんなにくっきり見えたのは初めてだと、息をのむ。

Img_1458 そこからしばらくは、針葉樹林帯を歩く。かなりの傾斜を登っているはずなのに、恋人の言うように、登りはじめのような辛さはなくなっている。前回の篭の塔山(かごのとやま)登山で私を閉口させた残雪もなく、歩きやすい道が続く。

やがて道が開け、眺望の美しさを謳う介山荘という山小屋にぶつかれば、もう大菩薩峠。標高1897メートル地点である。

ここから雷岩までの尾根道は、まさに絶景。はるか下方に甲府盆地が見晴るかせたかと思えば、その背後に南アルプス、そして私たちの左手後方には、どどんと富士がそびえている。ほかに登山者の姿も見えず、この大パノラマをふたり占めである。アップダウンを繰り返しながら、ところどころで足を止め、思う存分その眺望を楽しんだ。

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強風吹き荒れる雷岩で、しばし休憩をとる。このとき11時。上日川峠より約2時間の道のりであった。

15分ばかり休んで、大菩薩嶺の頂上を極める。といっても、2057メートルの頂上は樹林帯になっていて、ぐるりを木に囲まれているため、展望はのぞめない。山頂の碑だけ写真に収めると、すぐにもと来た道を雷岩まで引き返した。

Img_155311時45分、下山をはじめる。ずいぶんな急坂で、私は足元をたしかめながらおっかなびっくり進んだ。ふう、と息をついて顔をあげたときに見える景色は、息をのむほどに美しく、その都度写真を撮りながらゆるゆる歩く。

やがてまた樹林帯に入り、へっぴり腰で進む私を厳かに見守っていた富士も見えなくなった。代わりに、根元から豪快に倒れた木や、どういう理由でか幹の途中から折れた木が現れて、ときに行く手を阻む。それで串田孫一『もう登らない山』の一節を思い出す。

「台風が直撃した直後の山へ行って、そこを殴りつけた風の太い腕を思ったことが何度かあった。」 風の太い腕。私の好きな一節である。

下ること約50分、ふたたび福ちゃん荘まで戻ってきた。私の体重を支えつづけてきた膝に、そろそろ疲れがたまりはじめていたところだったので、ベンチに腰かけてしばし休む。そして今度は舗装されていない林道のほうを選んで、さらに下る。

あともう少しだ、という気持ちのゆるみが事故につながるからと、できるだけ先のことは考えないようにして、もくもくと歩く。土に還ろうとする落ち葉を踏みしめ、倒木をまたぎ、ときどき木立の間から降りそそぐ陽光を仰ぎ見て、歩く、歩く。「あと3分!ビール冷えてます」という手描きの立て看板が目に入ったときには、ほっとした。

午後1時5分、無事下山。上日川峠の駐車場に戻ってくる。なんだかあっという間の4時間だった。

車のなかで着替えて、談合坂SAで買ったパンを食べる。ほとんど寝ずに登山をした割には、いたって元気である。恋人に運転を託し、またうねうねした山道を勝沼まで戻ると、今度はほったらかし温泉なる立ち寄り湯を目指す。これまた絶景を売りにした、大きなお風呂であるらしい。

ところが、あろうことかカーナビが道を間違え、曲がるべき交差点を通り過ぎてしまった。仕方なく、ぐるりとまわってもとへ戻る。その間ナビは、「新しいルートに…、新しいルートに…、新しいルートに変更します」と何度かどもったあげく、しまいにはナビゲートを放棄してしまった。「おまえに頼りきりだった私たちが悪かったよ」と言って、そっとルートを消去する。

けれど、ナビが間違えるのもうなずけるほど、それはとてもわかりづらい道のりだった。HPの道案内をコピーしたものと首っ引きで、それでも何度か不安になりながら、ようやくたどりつく。

600円払って入浴チケットを購入し、恋人と待ち合わせ時間を決めて、女湯ののれんをくぐる。ほったらかし温泉には、もとからあった「こっちの湯」と、新設された「あっちの湯」とがあるのだけれど、私たちはより眺望の良さそうな「あっちの湯」に入った。

屋内のカランでわしわしからだを洗って、いざ露天風呂へ出てみると、たしかにすごい眺望。眼下には広大な甲府盆地、右手には富士山、そして左手には私たちが登ってきたばかりの大菩薩嶺が見える。なにしろ視界をさえぎるものといえば、隣の男湯との仕切りのみ。露天風呂にあるべき目隠しもなにもないのだ。からだを隠そうにも隠しようがなく、いっそ清々しい。

そしてその湯ぶねの広いこと。まず手前に木のお風呂があり、そこだけではも優に20人は入れるというのに、さらに1段下がったところに岩風呂があって、こちらは30人くらいは入れそうである。(さすがに写真は撮れなかったので、こちらを参照すべし)贅沢な景色を味わいながら、ぬるめのお湯にゆったりつかって、登山の疲れを癒した。

ここにはもうひとつおもしろいものがあって、それは屋外にある女子トイレ。それぞれの個室に窓がついていて、便座がみなそちらのほうを向いているのだ。だから用を足しながら眺望を楽しめるという、一風変わったトイレなのである。

午後4時、少しの疲れと、たっぷりの充実感をからだにつめこんで、家路につく。「次は金峰山(きんぷさん)だからね」と、恋人が私に極上の笑みをむける。たしかに「明日、山行くぞ」と言って、のこのこついてくるのは私くらいのものだろう。もう30の声を聞くころだというのに、こんなにお気楽でいいものだろうかと、しばらく悩んだのだった。

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2008/06/12

明日がチャンス

残りカレーの食べ方にバリエーションをつけようと、あれこれ思案する。その結果、カレードリアにすることを思いつき、ピザ用チーズを買いに行く。

意気揚々とした帰り道、近所のインドカレー屋さんが目に入った。匂いに引き寄せられるように店内に入り、ついついナンを買ってしまう。焼きたてのナンが冷めないうちにと、急ぎ足で家に帰り、残りカレーにあわせて食べた。これもバリエーションのひとつに数えよう。

天気予報を見ていると、気象予報士が「洗濯するなら明日がチャンス」と声高に言いつのる。どうやら恋人にはそれが「登山するなら明日がチャンス」と聞こえたらしく、急遽、大菩薩嶺に登ることに決まった。リュックサックに荷物をまとめ、ガソリンを補充しに行って、そそくさベッドに入る。

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2008/06/11

ハンケチ噛んで

指導教授らと共著を出版する恋人を手伝って、索引取りをする。文章を読まずにひたすら字面だけ追う、という作業に慣れるまでしばらくかかったけれど、しまいには頼まれた単語を拾い出すだけでなく、恋人の拾い残しを見つけられるほどになった。

恋人にとっては、これが2冊目の著作。どちらも共著ではあるけれど、立派に印税までもらえるのだ。スズメの涙ほどの微々たる額とはいえ、私より先に印税をもらうなんて、と歯噛みする。

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2008/06/10

涙が遠い

銀座の松屋で働く友人から、20%の社員割引券をもらったので、兄嫁Nさん、甥っ子とともに出かける。お出かけが大好きな甥っ子は、多少ぐずりはするものの、総じておとなしく、おかげでゆっくり買物を楽しむことができた。

私はちょっと奮発して、サンダルと取材用のバッグを買い、今月の生活費のほとんどを使い果たしてしまった。これから月末までは、貯金を切り崩す厳しい生活である。けれど、サンダルはちょうどお気に入りのものを履きつぶしてしまったところだったし、取材にもいつも同じ黒のトートバッグで行っていたので、必要な投資だったと自分を納得させる。

有楽町でNさん親子と別れると、今度はてくてく東京まで歩き、2年前まで勤めていたバイト先の友人ふたりと、お酒を飲む。ひとりは働く人妻で、夫とふたり、安定した家庭を築いている。それに対して、もうひとりはかれこれ3年ばかり迷走を続けており、いきおい、彼女の恋愛相談にほとんどの時間が割かれた。

6つも年下の恋人(自然児)にさんざん振り回されていると訴える彼女は、そのあまりの辛さに、最近よく泣くようになったという。色恋沙汰で泣く、ということが、そういえば私にもあったなぁと、なんだか遠い気持ちで思い出す。あるいはもう二度とそんな事態に陥らないのかもしれないと考えると、ほっとしたような、損をしたような、複雑な気分になるのだった。

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2008/06/09

これも筆力

ずいぶん前に上野の古書店で買った『新潮日本文学61 北杜夫集』を読み始める。先に短編を読んでしまってから、「楡家の人びと」へ。2段組で530ページもある大作である。

ページをめくるたびに新たな登場人物が出てくるので、相関図をメモしておこうかと考える。けれど読み進めるうち、思い直してやめた。人物の書き分けが明快なので、どれだけたくさんのひとが出てきても、ごっちゃにならないのだった。まだ物語は始まったばかりだというのに、その見事な人物描写力に舌を巻く。

夕刻、バケツをひっくり返したような大雨になったかと思うと、雷まで鳴り出した。こんな天候に恵まれて(?)、水族館劇場の楽日はさぞかし凄みがあっただろうと思いを馳せる。

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2008/06/08

鬼が笑う

Img_1394水族館テント前での楽市も、本日が最終日(お芝居は明日まで)。心配されていた雨も降らず、生ビールが飛ぶように売れた。ビールを注ぐ恋人の手つきも、すっかり板についている。開演直前までにちょうど二樽を売り切って、店じまいとあいなった。

表舞台で演じられるプロローグを観るのも、これで三度目。役者さんたちと一緒になって、小声でテーマソングを口ずさむ。もう来年が待ち遠しい。

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2008/06/07

テント裏の贅沢

昨日に引き続き、水族館のテント前で売り子。楽日間近とあってか、今日はすごい人出で、私の家族まで遊びに来てくれた。

表舞台で演じられるプロローグが終わり、観客がテントのなかへ吸いこまれていったあと、残った数人で近所のラーメン屋に行く。勧められるまま「鶏そば」なるものを注文したら、これがあっさりした塩味で、とてもおいしい。ラーメンで食事を済ませてしまったあとは、なんだかからだに悪いことをしたようで、しばしばうしろめたい気分になるものだけれど、これなら大丈夫そうである。

ふたたび劇場に戻り、今度はテント裏から終幕を見つめる。お手伝いをしたひとにだけ許される贅沢である。結末はもう知っているのに、最後には鳥肌が立った。期間中、二度三度と足を運ぶひとがいるというのも、うなずける。

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2008/06/06

夢か幻か

Img_1393駒込大観音という呼び名で親しまれている光源寺に、巨大なテント小屋が建った。そこにはためく幟には「水族館劇場」の文字。そう、これはたった3週間だけ現れては蜃気楼のように消える、大きな芝居小屋なのである。

開演前の約2時間、そのテント前で小さな市を開こうということになり、古本市でお馴染みのメンバーが集まった。そうして裸電球の下、生ビールと古本、雑貨、期間限定の特製水族缶バッジを販売した。

ここ数日の悪天候が嘘のような晴れ。売り子をしながら、自分たちもどんどんビールを飲む。おそらく売上の半分くらいは、私たちの懐から出たお金だろう。おかげで気持ちよく売り子ができた。

夕闇があたりを染めはじめた午後7時、それは突然始まった。まるで遠い昔からそこで風雪に耐えていたかのように、ぽつんと境内に佇む古びた写真館。物語はその写真館を舞台に紡がれだし、あっという間に私たちを異次元へ連れ去った。

表舞台でのプロローグが終わると、いよいよテント「黒の牙城」へといざなわれる。これが水族館初体験となる私と恋人も、期待に胸ふくらませて薄暗いテントのなかへ足を踏み入れた。

それからテントのなかで過ごした2時間については、残念ながらなにも書けない。もしそこで起こったことを言葉にするならば、きっとほんの数行あればこと足りる。けれどそれではなにも伝えることができない。そういう類の、なんだかよくわからないけれど、とてつもなくすごいことが、私たちの目の前で起こったのだった。

生身の人間たちの鬼気迫る表情、声、それに震わされた空気。そういうものが渾然一体となってテントに満ち、私たちはただただ圧倒されるばかりだった。まさに一人ひとりの生き様を見せつけられているようだった。

終演後、その場で開かれた打ち上げに参加し、「黒の牙城」を組み上げた当のご本人と話をする。さらに帰り道でもう一杯飲み、お酒やら笑いやら涙やらをからだいっぱいに詰めこんで、眠りにつく。

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2008/06/05

「疎外」

可動式の小さな棚を買いたいという恋人にくっついて、ニトリへ行く。ここへ来ると、どうしても「夫婦」気分が盛りあがって、若妻然としてしまう(もう「若妻」と呼べる歳かどうか微妙なところではあるけれど)。

今日は、これこれこういう書斎をしつらえたいという話に花が咲き、間取りまで考えた。でも当分叶う見込みはない。けっきょく肝心の棚は見つからず、代わりに30%引きになっていた醤油小皿を5枚、買った。

夜、録画しておいた「クローズアップ現代」を観る。テーマは「ランキング依存が止まらない~出版不況の裏側~」。怖い。とても怖い。あまりの怖さに涙が出た。どうしてひとは、こうも簡単に考えることを放棄してしまうのだろう。

でも我が身を省みても、ついつい噂や口コミに頼ってしまうことがある。なにしろ選択肢も情報も山のようにあって、そのなかから自分の本当に求めているもの、望むものを見つけ出すのは至難の業なのだ。マルクスではないけれど、「疎外」されているなあと、つくづく思う。

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2008/06/04

油断ならぬ

ディレクターさんからのメールを読み返して、「締切は6月3日(水)」と書いてあることに気づく。けれど6月3日は火曜日である。はたして「3日」が正しいのか「水」が正しいのか。きっと「水」が正しいに違いない、だって昨日連絡こなかったもの、と都合のいいほうに解釈して、仕事を進める。

すると、昨日がんばったおかげか、奇跡的に夕食前には片がついた。うれしくて少しだけ踊る。それから正々堂々とバレーボールを観戦した。

フジが独占的に放映していたころは、どんなに試合が長引いても、必ず9時24分までには決着がつくように編集されていたので、時間を見ればある程度結果が予測できた。ところがTBSも参戦した今回は、「最大延長9時49分」となっているではないか。おかげで結果がまるで読めなくなった。

私は例のイタリア戦を観るまでそのことを知らず、「ああ、これは最終セットまで放送してる時間ないから、日本がこのセットを取って終わるな」と、すっかり油断していたのだった。だから余計に悔しい。敵もなかなかやるものだ。

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2008/06/03

ムンソンミン

朝から強い雨。一歩も外に出ず、家にこもって仕事をする。ふと、今度こそ終わらないんじゃないかという不安に襲われる。

それでもバレーボールだけは観てしまう。韓国の若きエース、ムンソンミンにどことなく恋人の面影があるような気がして、その姿を熱心に追いながら観ていたのだけれど、いや、やっぱりぜんぜん似ていない、と結論づけたところで、日本が勝利。また仕事に戻る。

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2008/06/02

毎度のこと

先日借りたDVDを返却に行くついでに、兄嫁Nさん、甥っ子と散歩。甥っ子はやはりお出かけが大好きらしく、ベビーカーのなかでじっとおとなしくしている。最近は特に新幹線がお気に入りで、「新幹線どこ?」と尋ねてみると、頭をきょろきょろさせてまわりを探すようになった。それがまた、いちいちかわいい。私はすっかり叔母バカである。

いよいよ締切が近づいてきたので、夜は根をつめて仕事をする。少し特異な依頼だけに、なかなか捗がいかない。たっぷり時間をもらったのに、どうして少しずつでも書いておかなかったのかと、またも過去の自分を責める。でも原稿は埋まらない。

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2008/06/01

白昼夢

恋人とふらふら散歩に出かける。住宅街の一角でかなちょろを見つけて立ち止まっていると、「珍しいの?」と、笑みをたたえた気のよさそうなおじさんが声をかけてきた。このときまだ私たちは知らなかった。それから延々1時間にわたって、その初対面のおじさんの話を聞くことになろうとは。

おじさんの話は、映画『慕情』から始まった。それからどう転んだか、自身が海外でしている活動や、そこにこめられた思い、さらに闘病生活や次世代の展望にまでいたった。私たちはそれを、見知らぬひとの家の前で、立ったまま聞いた。

あるいは「急いでるんで」とかなんとか適当な理由を見繕って、早々に切り上げることもできたかもしれない。けれどどうしてだか、ふたりともそうしなかった。それはおじさんの言葉に、嘘偽りがなかった(ように思えた)からかもしれない。ともかく私たちは、余計な質問を挟むこともなく、おじさんの話をしまいまで聞いた。

おじさんは言った。「若いひとたちが言うんだよ、自分にもなにかできることはないですかって。でもね、その気持ちだけで十分なんだ。そういう優しい気持ちを持ってるだけで、もう十分なの」

そうして最後に、「いやいや、年寄りは話が長くて。忙しいのに長々とつきあわせちゃってごめんね」と言うと、集会に勧誘したり、印鑑を売りつけたりすることもなく、ただ明るく手を振って去っていった。Img_1270

まるで白昼夢のような出来事だったけれど、だるさを残した私の足が、これが現実であることを伝えている。まだ2駅分歩く予定だったので、だるさを解消するべく喫茶店に入り、ふたりでホットケーキを分けあった。

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