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2008年7月

2008/07/31

からだ慣らし

夏旅にむけて、少しずつからだを早起きに慣らそうと、いつもより3時間ほど早く起きる。遅寝遅起きがすっかり身についてしまっていたので、午前中が長いというただそれだけで、三文以上の得をした気分になる。

それでついついやる気が出て、精力的に部屋の掃除をする。大掃除とは言わないまでも、「中掃除」と呼べる程度には大がかりにやった。おかげですっきり。床に積まれたままになっていた本も、なんとか片づけ、部屋をのぞきにきた恋人からもお墨つきをもらう。

夜、ジムに行くと、大学時代の級友に話しかけられる。なんと彼も昨年よりこの近所に住んでいるのだという。おちおちすっぴんで町も歩けない、と思った次の瞬間、すでにすっぴん汗まみれの姿を見られていることに気づく。

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2008/07/30

鉢合わせ必至

近所の複合型商業施設が正式オープンの日を迎えたので、さっそく家族総出で見学に行く。色とりどりの商品や花が並べられた間を、たくさんのひとたちが行き交い、なんとも賑やかである。一昨日見学に来たばかりなのに、ふたたびぐるりと一巡して楽しんだ。

夕方、愛犬ペチを病院に連れて行く。どうしたことか、最近、からだに触れると甲高い声で鳴くようになったのである。もしや1月に手術した結石が再発したのでは、と心配になってかかりつけの獣医に診てもらったのだけれど、尿検査も触診も異常なしとのこと。原因が判然としないのは困るものの、大病ではなさそうなので、ひとまず安心して帰る。

夜、恋人とつれだって、ふたたび複合型商業施設内の書店をのぞきに行くと、去年までアルバイトをしていた歯科医院の面々に遭遇する。院長は、真横に生えた私の右下8番(親知らず)を抜いてくれた恩人でもあり、恋人の主治医でもあるのだ。あのころ一緒にバイトしていたひとたちは、もうほとんど残っていないと聞いて、少しさみしい気持ちになる。

それにしても、なにもない町のこと。これからここで、たくさんのご近所さんと顔をあわせることになるのだろう。

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2008/07/29

火花散る

朝から仕事。夕方には仕上げて、Hくんに送ってしまう。これで晴れて夏休み。同じく今日が仕事納めという恋人の帰りを待ち、トンテキを焼いて食べる。

ちょうど箸を置くころ、空が不穏な様子になり、あっという間に大粒の雨が降り出す。そして雷。長野の夜を彷彿とさせるすごい雷なので、電気を消して窓から外を眺めてみる。いく筋も稲妻が走り、そのたびに空がぴかりと光る。そして、ずずんとおなかに響く重低音がすぐあとにつづく。

すごい、今の見た?などと言いあっていたそのときだった。ガラスを震わせる轟音とともに、目の前の民家に雷が落ちたのである。思わず悲鳴をあげてうしろに飛びのいた私は、たしかに見た。落雷を受けた民家の屋根から、火花が散る瞬間を。

のちにニュースで知ったのだけれど、この一帯に落雷があった影響で、信号に不具合が生じ、しばらく電車も不通になっていたのだという。自然の脅威を目の当たりにした夜であった。

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2008/07/28

待ってました

旅の前に残していった仕事をする。取材に行ったのはたった数日前なのに、ずいぶん昔のような気がする。

近所の複合型商業施設がプレオープンするというので、恋人、兄嫁Nさんと一緒に見学に行く。待望の新刊書店が予想以上の広さで、大興奮!しかも深夜0時まで営業しているというではないか。ああ、もう、うれしすぎて困ってしまう。

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2008/07/27

金色の夕焼け

Img_2423 朝7時起床。今日は恋人も起きてきて、一緒に朝ごはんをいただく。もちもちの自家製パンにホットケーキ、庭でいぶしたベーコンに新鮮野菜のサラダなど、またもおなかいっぱい食べる。

恋人がまた子どもたちにつかまっている間に、皿洗いを手伝い、いよいよみなさんとお別れ。総出で見送ってくれる。恋人のことをすっかり気に入った子どもたちのなかには、今生の別れとばかりに泣き出しそうな顔もあったけれど、実はごくごく近所に住んでいるのだった。

昨夜の雷雨が嘘のように晴れ渡った空の下を運転して帰り、さっそくパソコンに写真をとりこむ。画面のなかだけ、時間の流れ方が違うように思える。ああ、いい旅だったんだなあと、あらためて感じ入る。

夕刻、空が金色に染まる瞬間があった。不穏な、けれど美しい夕焼けだった。

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2008/07/26

長い停電の夜

Img_2363 長野は『楽の家』で迎える朝。ひとの話し声や、子どもの走りまわる足音、食器のぶつかりあう音などで、目が覚める。小鳥のさえずりに清々しい目覚め、とはいかなかったけれど、ひとのいない間に着替えて1階に下りる。恋人はとても起きられそうになかったので、そのまま寝かせておくことにする。

恋人以外のみんなが食卓にそろったところで、茄子と枝豆の炒め物に、ひき肉炒りの卵焼き、キャベツのスープ、鮎ごはんなど、朝から豪勢な食事をいただく。やっぱりおいしい。片づけを手伝ったあと、恋人を起こそうと2階にあがったのに、ミイラ取りがミイラに。隣の布団で昼近くまで寝てしまう。

起き出してみると、川遊びや買物に出かけてしまって、ほとんどのひとがいない。がらんとした台所で、恋人のためにそうめんをゆで、みょうがを切ってやる。そうめんをすする恋人の顔にも、少しずつ生気が戻ってくる。

それから炎天下、ふたりで散歩に出かける。昨夜はすでに薄暗くなっていたので、外へ出てみてはじめて『楽の家』の姿が明らかになった。野原を見下ろす、なんとものどかな場所に建っている。

ためしに信濃境の駅を目指すことにしたのだけれど、地図を置いてきてしまったので、おおよそあっちだろうと見当をつけて歩いてみる。すると、線路を見下ろす橋に行き当たった。さあ、どっちだと考えて、左へ行ってみるものの、これがはずれていたようで、けっきょく駅には行き着けないままおわった。

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それから恋人の要望により、近くの温泉へ行くことにした。ちょうど買物から帰ってきたひとたちより情報を収集し、車で20分ほどの場所にある「尾白の湯」へ行くことにする。

山をどんどん下り、国道に出て、さらにしばらく行くと、今度は両側に田畑の広がるまっすぐな道に入る。そうしてたどり着いたのが、「白州・尾白の森名水公園 べるが」。入り口には木製の橋がかかっていて、車で渡って大丈夫なのだろうかと不安になる。

受付で入園料200円、温泉施設の入り口で500円を支払い、温泉に入る。昨日の「延命の湯」よりさらに広々として、清潔である。寝湯に入ると、ちょうど目の前に八ヶ岳が見渡せ、開放的な気分になる。

たっぷり汗を流して、湯上りに冷たいそばをいただいたあと、『楽の家』に戻る。恋人は川遊びから戻ってきた子どもたちにつかまって、「たたかいごっこ」の相手をさせられる。なんのことはない、恋人を敵に見立てて、みんなで襲いかかるのだ。小学生女子2名と未就学男子3名を相手に、人間ジャングルジムと化した恋人は、1人を肩に背負い、1人を振りまわし、また1人を布団に放り投げ、大忙しである。

やがて夕食の時間になり、一次停戦。皮からつくられた水餃子やほうとう、ゴーヤチャンプルなどを、おなかいっぱいいただく。

するとにわかにあたりが暗くなり、屋根を突き破りそうなものすごい豪雨になった。そうかと思うと、雷まで鳴り出す。夕立だからすぐに止むだろうと高をくくっていたら、さにあらず。雨は止むどころかますます激しさを増し、雷もどんどん近づいてくる。

白光がぱっと夜空を染め、暗く沈んでいた山の稜線を浮かびあがらせた次の瞬間に、木を引き裂くような音を轟かせて地面を揺らす。とにかくすごい。夕食をいただいたら東京に帰る予定だったのに、これではとても運転できそうにない。

どうする、と恋人と言い合っていると、すぐ近くで轟音が響きわたり、なんと部屋中の電気が消えてしまった。停電である。

ひゃあっと悲鳴はあがったものの、食卓を囲む20数名の大人たちはいたって冷静で、むしろこの状況を楽しんでいるかのようですらある。ろうそくの明かりに顔を橙色に染めて酒を飲みつづけるひともいれば、ギターを爪弾きはじめるひともいる。私たちは私たちで、子どもたちと一緒に2階にあがり、窓辺で身を寄せあって雷を眺めた。それはそれは激しい雷だった。

いつまで経っても電気が復旧しないので、仕方なくろうそくを手にお風呂に入る。ロマンチックなようでいて、お湯も使えない不便な湯浴みである。あがってからだを拭いている間に、ようやく明かりが戻った。約2時間の長い停電だった。

それから、ご近所にお住まいだという方としばらく話をし、そっと宴席を抜けて床につく。思いがけず2連泊することになってしまったので、下着も替えられないままだけれど、今日ここに集うひとたちと特別な夜を共有できたことが、なんだかうれしくて、もはやそんなことはどうでもよくなっていた。旅からはじまるご近所づきあいというのも、悪くない。

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2008/07/25

信濃路その1 メルヘンな思ひ出

Img_2267 5時半起床。3度目の登山。出発が遅れたうえ、さほど天気もよくなさそうだったので、国師ヶ岳に登る予定を変更して、より簡単に登れそうな丸山・白駒池を目的地にする。

いつもの談合坂SAで朝ごはんを食べ、昼食用のパンを買って、さらに進む。高速を下りてメルヘン街道に入ったところで、なんだか懐かしさを覚えて、はたと思い出す。3年前の夏にも、ふたりでこの道を通ったのだった。あのときは途中で大雨が降り、すれ違うライダーにつくづく同情したとか、展望台で車を停めて写真を撮ったとか、どんどん記憶がよみがえる。

それではしゃいでいたら、恋人が突然、あっと言って車を停めた。なにかと思えば、道路を鹿が横切ったのだった。1頭、つづけてまた1頭。

Img_2262_4あわててカメラを取り出し、写真を撮る。鹿はそんな私たちの様子を、木立の間から不思議そうにじっと見つめている。おかげで計らずもカメラ目線の写真が撮れた。黒目の愛らしい鹿だった。(右写真をクリックしてご覧あれ)

11時半、登山の用意を整えて、いよいよ樹林帯に分け入る。と思ったら、すぐに視界が開け、青々とした笹原に出た。涼風が笹を揺らしながら吹き抜けて、気持ちがいい。やがてふたたび樹林帯に入り、苔むした木々の間を歩く。ひんやり湿った空気が頬をなでる、静謐な世界。

しばらく行くと、私たちが停めたのとは別の有料駐車場から、白駒池が目当てとおぼしき観光客がぽつぽつ現れ、にわかににぎやかになる。そこから「白駒の奥庭」と名づけられ、木道の整備された場所に出る。ところがこの木道が私の歩幅にあわなかったのか、見た目とは裏腹に歩きづらく、私は苦労して歩きながら平均台を思い出した。

やがて白駒池のほとりに出る。それからしばらく、池のほとりをなぞるようにして、木道を歩く。このころになると、先ほどまでの観光客はほとんど見なくなった。その代わり、ボートに乗っているのだろうか、池のあちら側から子どもたちの歓声が聞こえてきた。

声の発生源であろう小屋まで来ると、左手に急な上り坂が見えてくる。なかなかの斜度である。水分を補給し、気を引きしめて、いざ山を登りはじめる。

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恋人に登山用の手袋を貸してもらい、苔に覆われた石や、土を這う木の根に足をとられないよう注意しながら、ふうふう登る。日頃の運動不足がたたって、すぐに息があがってしまうものの、じきに慣れる。

そうしてたどり着いたのが、高見石小屋。小屋の裏手には、子どもの背丈ほどもの大きな岩がごろごろ重なっており、山となっている。これが高見石であるらしい。眺望がよさそうなので、覚悟を決めて岩山を登ってみることにした。

Img_2298_3 前を行く恋人に「三点確保だよ」と言われながら、えっちらおっちら岩をよじ登ると、なるほど、たしかにすばらしい眺望である。つい数十分前に歩いた白駒池が、今やはるか下方に見える。我ながら、よくここまで歩いたものだと感心する。

しばし岩にもたれて眺望を楽しんでいると、背後から初老のご一行様の会話が耳に入ってきた。曰く「まあ、若いのに感心ねえ」「ほら、見てごらん。物も言わないよ。顔を見りゃお互い思ってることがわかっちまうんだよ」「なんだかあたし、感動しちゃうわ」

高見石を下り、丸山山頂を目指す。途中からふたりともおなかがぐうぐう鳴り出し、とにかく一刻も早くパンを食べたい一心で、足を前に出しつづけた。

午後2時、丸山山頂に到着。山頂は狭いうえ、眺望も望めないけれど、今の私たちにはそんなことより昼食のほうが大事だ。山頂標のうしろに陣取ると、さっさと荷物をといてパンにかじりつく。パンは恋人のリュックのなかでぺしゃんこにつぶれていたけれど、とてもおいしかった。

Img_2339 30分ほど休憩したのち、別の道をたどって山を下る。駐車場まで約1時間。私の背丈よりも大きく広がった根っこをあらわにして、でんと横倒しになった大木や、東屋を呑みこまんばかりの勢いで、たっぷり生え広がる艶やかな笹など、自然の風景を満喫した。

車に戻ると、今宵の宿からさほど離れていない立ち寄り湯を探す。露天風呂も備えた「延命の湯」というのがよさそうだったので、そこまで車を走らせてみて、これまたびっくり。やはり3年前の夏に訪れた「道の駅 小淵沢」のなかにあるのだった。小淵沢の駅名標を模した看板の前で写真を撮ったことやなんかが、次々と思い出される。こうして振り返ってみると、3年なんてあっという間だ。

チケットを買い、時間を待ち合わせて、男湯と女湯に分かれて入る。できてまだ数年といったところだろうか、とても清潔で気持ちのよいお風呂だった。汗を流し、からだをみがきたて、内風呂も露天もしっかり満喫してあがる。

恋人が物欲しそうにしているので、缶ビールを飲むことを許し、私は道の駅でヨーグルトを買って飲む。からだを動かしたあとの1杯は、おいしい。

それにしてもおなかがすいた。お昼にパンふたつきりしか食べていないので、それはもう尋常ならざるすきっぷりである。ということで、休憩もそこそこに、私たちは今宵の宿を目指したのだった。

信濃路その2につづく。

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信濃路その2 月明かりの散歩

Img_2346 おなかをすかせて、今宵の宿『楽の家』を目指す。今夜は谷根千界隈の町のひとたち約20名と、ひとつ屋根の下に泊まる予定になっているのだ。

事前に地図はもらっていたものの、駅から歩いていくことを念頭において書かれたものであるらしく、よくわからない。ナビにも登録されていない住所で、入力してもおおよその場所しか表示してくれない。まあ、近くに行けばわかるだろうと、安易な気持ちで車を走らせる。

ところが、わからない。まだまだ畑のど真ん中を走っているのに、「目的地付近です。音声によるガイドはここで終了します」と、ナビはにべもない。ちょうど農作業をしているひとが目に入ったので、地図を見せて訊いてみる。すると、「こりゃ難しいな」という答え。それでもだいたいの行き方を教えてくれたのち、「その近くで誰かいたら、また訊いてみてよ」と笑顔で送り出してくれた。

おじさんに言われたとおり、さらに600メートルばかり進んでみる。まだわからない。不安になって車を停め、地図を見直す。するとどうやら、少し行き過ぎてしまったらしい。先に着いているであろう知人夫婦に電話をしてみると、ちょうどすぐ近くにいるとのこと。それで助かった。

民家と畑の間の細い砂利道へ入り、100メートルほど進むと、つきあたりが「楽の家」。堂々とした立派な家である。聞くところによれば、もとは諏訪湖畔にあったものをこの場所に移築し、再生したのだという。太い梁や柱から、築100年を越えるというその歴史がうかがい知れる。

優に50人分の靴は置けるだろうという広い玄関には、すでに十数人分の靴があった。こんばんは、お邪魔しますと声をかけてたたきにあがれば、知った顔、知らない顔があいさつを返してくれる。どうやら玄関右手の台所で、夕餉の仕度の真っ最中であるらしい。空腹を刺激するいい匂いがただよってくる。

それにしてもこの楽の家、とにかく広い。二間の襖を開け放ち、長い食卓の出されたリビング(?)だけで、24畳分くらいはありそうである。隣には襖で仕切られた広い和室が二間、その裏の廊下を行けばトイレとお風呂、さらにその奥には管理人さんのプライベートルームがあり、2階にもだだっ広い和室みっつに、プライベートルームがある。ほかにもまだ隠し部屋のような書庫があるらしく、なかなか全容がつかめない。

そうこうするうち、待望の夕食の時間になった。千曲川で釣れたという鮎の唐揚げに、しょうがの効いたきゅうりの漬物、タコライスなどなど、ベテラン主婦たちが腕によりをかけてつくってくれた料理が、ところせましと並ぶ。どれもほんとうにおいしい。なにも手伝っていないくせに、ビール片手にどんどん食べる。

食べながら、ひとりひとり自己紹介をする。谷根千の町に住んでいるひとがほとんどだけれど、なかには、昔住んでいたというひとや、谷根千に住んでいるひとと知り合いというひともいる。

やがて夜は更け、酒も深くなってくる。恋人は次々にビールを空け、つづけてグラスに注がれたワインも干す。そのうち、同じことを口にする回数が目に見えて増える。ああ、酔っ払ったなと、私は横で笑う。けれど、かくいう私もアルコールがまわり、ふうわりいい気分である。なにしろ3時間半睡眠で、登山までしてきたのだ。こんな時間まで起きていることが奇跡のようである。

10年以上つづいているこの会の流儀は、とにかく自由であることらしく、ひとり、またひとりと酒席からそっと消えていく。残りが10人ほどになったところで、布団に入ったひとのことを考慮して、宴は台所に場所を移した。

すると恋人、「踊り足りない」と意味不明のことを言い出す。挙句の果てに、「散歩に行こう」と私を促すので、仕方なく懐中電灯を借りて外へ出る。恋人はずんずん建物の裏側へ進んでいくけれど、そこは林。もちろん真っ暗である。私は恋人を引っぱって、月明かりに照らされた砂利道に戻り、しばし散歩につきあってやった。

2階の和室に布団を敷き、恋人を寝かしつけたのは、深夜1時。1階ではまだ宴がつづいていた。私も恋人の隣に布団を敷いて横になる。長野の夜気は少し肌寒いほどで、窓を開け放して気持ちよく眠る。

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2008/07/24

雨合羽の行方

午後、渋谷で取材。なんでも女手を必要としているとかで、「フリーライターは大変でしょう?どう、うちにこない?」とかき口説かれる。「こっちで干されちゃったらお電話します」と笑顔で返したけれど、なんにせよ、必要とされることはうれしい。原稿の依頼がしばらく途絶えると途端に不安になるだけに、余計そう思うのである。

残りものでてきぱきと夕食をすませると、恋人と椅子を1脚ずつ持って屋上にのぼった。花火を観るのである。予定の時刻を少し過ぎてはじまった花火は、目の前に立ちはだかるビルにやや遮られはしたけれど、おおむねよく観えた。

山場は終幕。これでもか、いやまだまだ、と言わんばかりに、惜しげもなくどんどん大玉を打ちあげる。毎年同じ花火を観ているけれど、今までで一番の大盤振る舞いだったように思う。

それから登山と旅仕度。日付の変わる前には寝ようと思っていたのに、雨合羽が見つからず、1時間あまりうろうろと探しまわる。「どこにやったの?雨具なしで山に登るのは危険だよ」と恋人は苦い顔をしていたけれど、結局それは恋人の家のクローゼットで見つかったのだった。

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2008/07/23

木登り豚

仕事帰りの恋人と待ち合わせて、ICレコーダーを買いに行く。これまでは1台のレコーダーをふたりで仲良く使い、それで不都合なくやってきたのだけれど、とうとう私の取材日と恋人のインタビュー日が重なってしまったのだ。

買物の途中に、偶然ディレクターHくんより電話がくる。翌日の取材のことかと思いきや、さらに次の取材の相談で、ついでのように前回の原稿を褒めてくれる。有頂天になって、うきうきしながら帰る。もしや、豚もおだてりゃなんとやら、というHくんの作戦なのだろうか。だとしたら大成功である。

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2008/07/22

ウメコの会で冷や汗

昔のバイト仲間ふたりと、韓国料理を食べに行く。彼女たちとの会合は、このたびより『ウメコの会』と呼ばれるようになったので、この日記でも今後はそう表記する。

前回の『ウメコの会』より、ひと月と少し。状況はやや変わり、迷走をつづけていたⅠ嬢が、とうとう恋を手放したらしい。ストレスからか、痩せたり太ったりを繰り返していると嘆く彼女は、この夏、ひとりで富士山に登るという。それでなにかが吹っ切れることを祈る。

ところで、今回一番の衝撃は、夏の限定メニューという言葉に惹かれて頼んだ「激辛ユッケジャン麺」。激辛とはいっても、たかが知れているだろうと、安易な気持ちで注文した私たちが甘かった。

ほんとうに辛いものを食べると、寒気がするのだということを、私たちは身をもって学んだ。口のなかや食道は火を噴きそうなほど熱いのに、どうしてだか寒くて、鳥肌が立つのだ。そのうち心臓までばくばくしてきて、ちっともアルコールがすすまなくなってしまった。本場の「激辛」をなめてかかってはいけない。

帰ってから、夏旅の予習として、大林宣彦監督の『ふたり』を観る。新尾道三部作と評されるもののひとつなのである。主演の石田ひかりが、あんまりにもゆっくりふわふわ話すので、つられて眠くなり、途中でダウン。それでも尾道の美しさは満喫できた。

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2008/07/21

またひとつ、消える

2007_06240058_2 恋人の部屋に泊まって勝手が違ったのか、ついうっかり二度寝をしてしまい、起きたらもう正午。あわてて朝食とも昼食ともつかぬごはんを食べ、谷中へ。先日入籍した知人のために、ふたりのお気に入りの店で心ばかりの贈り物を買ってプレゼントする。どうぞ末永くお幸せに。

それから古本市の用事を済ませ、隣の原っぱでしょうがの辛味がきいた手づくりジンジャーエールをいただいて、知人の子どもと遊ぶ。遊ぶといっても、私は、人間ジャングルジムと化した恋人が、きゃあきゃあ叫びながら果敢に挑んでくるちびっこの相手をして汗だくになっているのを、笑って見ていただけなのだけれど。

近所のインドカレー屋で夕ごはんを食べたあと、腹ごなしに散歩をする。なにか予感があって、「しばらく休みます」とだけ貼り紙をしてずっと閉めたきりになっている銭湯を観に行き、思わず「あっ」と叫んでしまった。

そこにはただ、だだっ広い更地が広がっていたのである。破風屋根の立派な建物も、まっすぐ空に伸びる煙突も、神隠しにでもあったかのようにかき消えている。あ、あ、あ、と言葉にならない私の声ばかりが、夏の夜気にむなしく呑みこまれていく。

虫の知らせとはこういうことかと、ひどく残念な気持ちで思う。平成の世には珍しく、いまだに薪で風呂を炊く銭湯であった。

景気づけに、タランティーノの『デス・プルーフ』を観る。ぐずぐず、はらはら、のち、大笑いという映画。まるで展開が読めない。まさかの結末には、文字どおり腹を抱えて笑ってしまった。これからしばらく、私と恋人の間で、「イエー!」という雄叫びが流行りそうである。

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2008/07/20

家と停電

恋人とふたりで、近所の新築建売物件を見学に行く。とはいえ、もちろん家を買おうというのではない。あくまでも、訪れるかもわからない将来のための「見学」である。

その物件は、よくある細長い3階建てではなく、ゆったり敷地をとった2階建てであるところが売りらしい。風の抜ける気持ちのよい家で、引き戸を多用した間取りや収納の多さも気に入ったものの、いかんせん安普請で、とても買おうという気にはならなかった。そういう偉そうなことを言うのは、買えるだけのお金を稼いでからにしろと、怒られてしまいそうだけれど。

夜、パソコンにむかっていたら、突然ちゅーんと音がして電源が落ちた。それどころか電気まで消えて、真っ暗に。停電である。そういえば、管理人より「点検のために停電します」というお知らせを受けていたのを、すっかり忘れていた。

真っ暗なままではなにもできないので、恋人の部屋に泊めてもらう。すると、ここぞとばかりに仕事を手伝わされる。居候の身ゆえ、おとなしく指示に従う。

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2008/07/19

消えゆくもの

Img_2196 文京区小石川の、再開発予定地区を歩く。

今言われる「再開発」というのは、古い建物を軒並み壊して、高層ビルやマンション、駐車場を建設することとほとんど同義である。そうして街はどんどん画一的になり、路地からひとの生活の気配が消えていく。ほんとうにつまらない。そんな詮ないことを考えながら、とぼとぼ歩く。

こんにゃくえんまでは、ほおずき市。長屋カフェには、浴衣のカップル。夏である。

夕刻、千駄木の蔵で開かれた「ちいさな上映会」に行く。『メモのある生活』『おせっかい』では、つっかけサンダルに買い物かご、スカートに前掛け、という正真正銘の専業主婦をたっぷり堪能する。それにしても、こういう映画は、いったいどういう場面で誰にむけて上映することを想定しているのか、まったくもって謎である。

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2008/07/18

遊びなし

一日仕事に明け暮れる。

17時の締切ぎりぎりにひとつ仕上げると、つづけて次の原稿に着手。こちらは少し変わった依頼で、シロアリ被害についての短い創作なのである。ちょうど夕方のニュースで特集が組まれていたので、それも参照しつつ、怖い怖い話を創りあげる。

それでようやく解放されたと思ったら、今度は恋人の仕事を手伝わされる。やってもやっても終わらない。2時間がんばって、まだ半分。ぐったりばったり倒れこむ。

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2008/07/17

旅会議

Img_0917 ふたたび恋人と旅会議を開き、私の探し出した候補のなかから、ひとつひとつ宿を決めていく。

まだ泊まっていないうちから、私は、「ここはお風呂が広いらしいよ」「でもこっちは朝食が豪華なんだって」「眺望はここが一番だけどね」などと、ちょっとしたプレゼンテーションができるくらいになっていて、「よくそこまで調べたね」と恋人は苦笑い。7泊分すべての宿を予約し終えたときには、しばらく達成感に酔いしれた。

それから仕事に全精力を傾ける。

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2008/07/16

プライオリティ

仕事の合間に、さっそく各地の宿探しをする。いや、訂正しよう。各地の宿探しの合間に、仕事をする。こちらが真実。日程が決まったら、もう居ても立ってもいられず、ものすごい集中力で宿探しに熱中した。

そうしてほとんど丸一日を費やし、名古屋、神戸、倉敷、尾道の宿を調べあげ、それぞれいくつかの候補にしぼった。直島だけはあらかじめ第2候補まで決めてあったので、午後一番に電話をかけてみたのだけれど、Hくんの言うとおり、どちらも満室。あわてて次の候補を見つけ出し、けっきょくそこに落ち着いた。ある人の情報によれば、朝食にハート型の目玉焼きを出してくれるという、築60年の民宿である。

こうしてひとつひとつ旅仕度が整っていくと、いやでも気分が盛りあがってくる。すべて1泊7000円以下に抑えた代わりに、瀬戸内海のおいしい魚をおなかいっぱい食べようだとか、それぞれの町で銭湯に行こうだとか、どんどんどんどん、想いはふくらんでゆく。

そしてあとには、仕事の山が残されてゆく。

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2008/07/15

旅への助走

新宿にて取材。ではあるけれど、駅から遠いこと遠いこと。はたしてここはまだ「新宿」と呼べるのだろうか、そうであるならば「新宿」とはずいぶん懐の広い場所だと、半ばあきれ、半ば感心しながら歩く、歩く。目的の場所にたどり着くころには、すっかり汗だくになっていた。

取材のあと、ディレクターHくん、カメラマンKさんとお茶をした。夏の予定が話題にのぼり、私が山陽・瀬戸内海の旅の計画を話すと、「直島の宿なんか、もう取れないんじゃない?」と不吉なことを言われる。

それで帰ってから、大急ぎで恋人と旅の日程を調整した。各地を転々とする予定なので、1日の移動距離や、どこに重点を置くかなど、なにしろ考えるべきことがわんさかあるのだ。

ガイドブックに加え、中学から愛用している日本地図を引っぱり出してきて、ネットのルート案内と首っ引きで悩むこと数時間。ようやく旅の日程が決まる。あれこれ考えた末、なんと7泊8日の長旅になってしまった。これでもかなり行き先を絞ったつもりなのだけれど、ちと欲張りすぎただろうか。そもそもこの原油高のご時世、東京から広島まで、車で行こうなんていうところから間違っているのかもしれないけれど。

とにもかくにも、気分は梅雨明け。いよいよ旅仕度がはじまる。

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2008/07/14

ため息を誘う喜劇

兄嫁Nさんの誕生日。谷中はへび道のMais D.cuirで買った、錨(いかり)型のネックレスを贈る。そのプレゼントは、なにより甥っ子の気に入ったようで、兄嫁の腕に抱かれながら錨を引っぱり、あわよくば口に入れてしゃぶらんとするから、油断も隙もない。

午後、一緒にセールへ行く。先日ひとりで挑んだときに、Tシャツ2枚しか買えなかった反動か、今日は次から次に欲しいものが現れて悩ましい。結局、パンツ2本とワンピース1枚を買ってしまった。これから夏旅も控えているというのに。あぁ、がんばって働かねば。

寝る前に『クワイエットルームにようこそ』を観る。原作は、芥川賞候補にもなった松尾スズキの同名小説で、 映画の監督・脚本も松尾氏が手がけている。

内田有紀が演じる主人公は、28歳のフリーライター。まさに私と同年齢、同職業である。けれどそういうことは、この際どうだっていい。安易な共感を拒むくらい勢いのある映画で、一旦観はじめると、ジェットコースターに乗ってしまったのと同じで、もう最後まで降りられない。

喧騒と混乱と狂気のなかで次々に切り替わったかと思うと、次の瞬間には静寂のなかでひたと一点を見つめるカメラワークに、脱帽。強弱のつけ方が抜群に上手だ。最後までドタバタの続く『恋の門』が疲労感を誘ったのに対し、こちらはエンドロールを観ながらしっとりしたため息のこぼれる映画だった。

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2008/07/13

知らんぷり

午後、知人に会うために、恋人と谷中へ行く。なんの約束もなく突然訪問したにもかかわらず、「暑いでしょう」と言ってなかへ招き入れてくれたうえ、お茶やらお菓子やら葉唐辛子やらで手厚くもてなしてくださって、すっかり恐縮してしまう。それでも話に花が咲き、つい長居をしてしまった。

Photo_4 夕闇に染まる谷中をゆくと、町のあちこちで迎え火がたかれている。それで、今日からお盆なのだと知る。ゆらり前をゆくあのひとは、つと路地を曲がったあのひとは、此岸のひとか、あるいは……。

これからしばらくは、不思議なことが起こっても気づかないふりをしよう。

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2008/07/12

問屋は意地悪

Photo さっそく小説の執筆にとりかかる。冒頭の数枚を、にやにや笑いながら楽しく書く。けれど恋人の反応ははかばかしくない。昨夜、構想を話した段では、あんなに目を輝かせていたのに。こういうとき、恋人がきまって口にする台詞がある。

「あの車谷長吉だって、12回書き直しをさせられるんだから」

発想さえよければいいものが書けるなんて、そうは問屋が卸さないよ。言外にそう匂わせて、にやりと笑う恋人が、私にはひどく意地悪な問屋に見えたのだった。

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2008/07/11

笑門福来

友人Rちゃんに会う。Rちゃんは、この春に結婚したばかりの新妻。「もう毎日楽しくって」と、顔をほころばせて新婚生活について語ってくれた。

白金でランチをいただいたあとに、新居にもお邪魔する。2重のオートロックに、慇懃なコンシェルジュ、竹のオブジェ、廊下を覆うシックな絨毯……。まるで高級ホテルかなにかのようである。結婚式や新婚旅行の写真を見せてもらいながら、私とは生活圏も文化圏も違うのだなぁと、しみじみ感じ入る。

それにしてもRちゃんは、肝っ玉のすわったひとである。どんな場に出ても動じないし、それどころかいつもにこにこ笑っている。笑う門には福来る。私も日々笑顔でいようと心に決める。

夜、新しい小説の構想をめぐって、恋人と盛りあがる。書きあげたら読んでもらいたいひとたちの顔が浮かんできて、思いがどんどん膨らんでいく。

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2008/07/10

深遠ななにか

午前中に谷中でひとつ用事を済ませてから、昨日に引き続き、エスニックチキンライスの下ごしらえを手伝いに行く。今日は恋人も駆り出し、おそろいのエプロン、ほっかむりで台所に立った。大量のピーマンとパクチーを刻みおえたところで、開店を待たずにお暇する。

続いてむかったのは、池袋はジュンク堂書店。地域雑誌の草分け的存在である『谷根千』のトークセッションを聴く。1984年に創刊した『谷根千』は、来年春の93号で終刊することが決まっている。そのことをとても残念に思う一方、終刊を決めた経緯をいっそ清々しい顔で語る編集発行人のおふたりを見ていると、惜しいという気持ちだけでは片づけられない、より深遠ななにかを考えさせられもしたのだった。

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2008/07/09

ほおずき市でほっかむり

Img_2056 駒込大観音こと光源寺の「四万六千日 ほおずき千成り市」に、お手伝いとして飛び入りで参加する。このほおずき市は、プロを一切入れずに、テントの組み立てから当日の進行まで、すべて地域住民を中心とした有志で行う、まさに“手作り”のお祭りなのである。

今回私は、「萬福横丁」と名づけられたテントの一角で、エスニックチキンライスの屋台を手伝った。といっても、大量のピーマンを切っただけで、あとはほっかむりにエプロン姿のまま、一般客に交じって市を楽しむ。

仕事に行っていた恋人も、遅れて顔を出す。さらに、家族のほとんどが遊びに来てくれたのに加え、まだ生後40日の赤子を抱いた知人にまで遭遇。しまいには5、6家族が入り乱れ、私のまわりはすっかり賑やかになった。

なかでも一番浮かれた様子を見せていたのは、10ヶ月の甥っ子である。彼は終始ご機嫌で、誰彼かまわず、ベビーカーのなかからにこにこと笑顔を振りまいていた。将来の夢は飴細工職人、と公言してはばからない姪っ子も、本物の飴細工職人の技に釘づけとなり、密かに弟子入りを決意したらしい。ちなみに彼女が職人にオーダーしたのは、「ザリガニ」であった。

市は大盛況で、萬福食堂も軒並み完売。遊び歩いていた私も、最後だけはパクチー係を担当し、チキンライス完売の瞬間に立ち会った。

フルーツサングリアと、夜風にたゆたうジャンゴ楽団の演奏に酔いしれて、ひどく幸福な気持ちで家路につく。

Img_2036 Img_2119_3  

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2008/07/08

残りものに福はあるか

ペディキュアを塗りなおして気合いを入れ、夏のセールに単身乗りこむ。とはいえ、すでに大幅に出遅れているらしく、「再値下げしました」と謳う店も少なくない。それはつまり、ちょっとやそっと値下げしたくらいでは売れない代物しか残っていない、ということでもある。

それよりなにより問題なのは、今の流行が、まったくもって私の肌に合わないということのほうだと気づいたのは、買物も終盤戦にさしかかったころだった。どこをのぞいても、小花柄のふりふりキャミワンピで溢れかえっていたけれど、そんなもの絶対に着られない。もう流行を追えるほど若くはない、ということなのだろうか。

結局、ごくシンプルなTシャツを2枚買っただけで退散。仕事帰りの恋人と待ち合わせて、近くの本屋へ行く。そこで夏旅にむけて、『山陽 瀬戸内海 しまなみ海道』ガイドブックを買う。行きたい。もう今すぐにでも行きたい。

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2008/07/07

長い散歩

七夕。曇り空の下、どこへ行くというあてもなく、散歩に出る。坂を下って、また登り、路地を進めば袋小路。回れ右して角を曲がり、歩く歩く、どんどん歩く。気づけば長い散歩になっていた。

恋人の部屋に行って、ベッドを占領し、ラッタウット・ラープチャルーンサップの『観光』を読みふける。すると私はたちまちタイの喧騒に飲みこまれ、見知らぬ人たちに交じって、踏みしだかれた食べ物や油で奇妙な光り方をするアスファルトの上を歩いていた。からだに粘りつく、そのじっとりした熱気に呼吸が苦しくなって、思わず本から顔をあげると、そこはクーラーの効いた部屋で、恋人が涼しい顔で仕事をしていた。

寝る前に『めがね』を観る。こちらは春の与論島が舞台。さらさら乾いた白い砂と、簡素で清潔な什器、背景も肩書きもまっさらな大人たちが出てくる映画である。そこに描かれているのは、ゆっくりと、けれど確実に流れてとどまることを知らない、時間。青空の下にはためく、洗いざらしの白いシーツのような気持ちになって、眠りにつく。

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2008/07/06

ビター

古本市関連の大切な用事があって、千駄木へ出かける。またひとつ進展。これで開催日がほぼ固まった。

夜は野菜たっぷりの冷やし中華をつくって食べる。にんじん、きゅうり、かいわれ、しそが山盛りになった、ほろ苦い大人の冷やし中華である。

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2008/07/05

土を知っている手

Img_0468 「明日、谷中にアラーキーと田中泯が来るよ」という昨夜の情報をもとに、インターネットで検索してみると、どうやらそれはSCAI THE BATHHOUSEの「場踊り」という企画であるらしい。時間を確認して、さっそく「場踊り」が行われる谷中霊園内の五重塔跡に行ってみる。

ギャラリーから歩いてくるのかなぁ、などとのん気に恋人と話しながら、自転車を停め、公園内に目を転じて、息を呑む。田中泯さん、まさにその人が、ひとりベンチに座っているのである。

そのときの衝撃を、なんと表現したらいいのだろう。黒いシャツに黒いパンツをごくあっさりと身にまとい、なにもせずただベンチに腰かけているだけなのに、そのからだからは、そこはかとなく静かなエネルギーが立ちのぼり、いっそ気品すら漂っている。公園を見渡す視線、無造作に組まれた足、投げ出された腕、煙草をくゆらす指先……。挙止のひとつひとつが優雅で、千もの意味を持っているかのようである。

私たちはもう一瞬にして参ってしまった。ほんとうに、なんというひとなんだろう、田中泯さんは。

少し離れた石に腰をおろし、そのときを待つうちに、ぽつぽつとひとが集まりはじめ、やがて公園のぐるりを囲むほどになった。スタッフらしき一団が現れ、泯さんと談笑をしていると、時間ぎりぎりになってアラーキーこと荒木経惟氏もやってきた。去年の春に一度、やはり谷中界隈でアラーキーに遭遇したことがあったけれど、あのときの長袖がタンクトップに変わったくらいで、髪型も眼鏡もそっくりそのままアラーキーである。泯さんとアラーキーのツーショットを観るのは、私たちにとって、きっとこれが最初で最後だろうと、しっかり目に焼きつける。

そして、それははじまり、おわった。

田中泯が踊り、アラーキーが撮る。この日この場所で起こったことについて、それ以上、私になにが書けよう。

その引力に導かれるようにして、私たちはギャラリーに戻る一行についていって、泯さんの「場踊り」の映像を眺めたり、写真集を眺めたりして、うろうろと話しかける機会をうかがっていた。すると思いがけず、泯さんのほうから声をかけてくださって、ほんの2、3分ではあったけれど、直接言葉を交わす機会に恵まれた。

私はすっかり舞いあがってしまって、ちっとも言葉が出てこなかったのだけれど、最後に勇気を振り絞って、「握手をしていただけませんか」と図々しくお願いをしてみた。泯さんは「握手ですか」と笑いながらも、すっと右手を差し出してくださった。

その手の熱く、力強かったこと。それは土を知っている手であった。

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2008/07/04

あじさいの人

Img_1917 今日も朝から谷根千へ。知人に誘われて、上野桜木の「ねこじゃらし」まで足を延ばし、ランチをご一緒した。たった500円で一汁四菜、デザートつきのお膳がいただけるのである。さらにマイ箸を持参すると、一品おまけの大盤振る舞い。炊きたての古代米のおいしいことといったらなかった。

それからさらに2時間ほどあちこちをめぐる。古本市の準備も少し前進した。

それにしても暑い。ただ立っているだけで汗がにじみ、ちろちろからだを伝う。そういえば去年も一昨年も、こうやって汗だくになりながら自転車で町をめぐったなぁと思い出す。ふと気づけば、私にとっての季節の記憶は、この町の風景と分かちがたく結びついているのだった。

夕方、加藤千晶さんのライブを観に、吉祥寺へ行く。まずは知人に教えてもらったカフェで腹ごしらえ。下戸の私は、キール一杯でふうわりいい気分になって、ころころ笑いながらライブ会場を目指した。

ライブは、「あじさいの人」という曲からはじまった。イントロの最中、隣に座る恋人が誰かに「こんにちは」とうしろから声をかけられた。振り向けばそれは加藤千晶さんご本人で、真っ白いあじさいを一輪、少しはにかみながら恋人に手渡して、ステージにのぼっていった。

加藤千晶さんのライブを観るのは、春につづいてこれが2度目。前回が3人編成だったのに対し、今回は7人編成の大所帯で、ステージいっぱいに楽器が並べられ、あっちからこっちから予期せぬ音が飛び出してくる。その色とりどりの音に弾かれるようにして、からだがリズムを刻みだす。楽しい。本当にあっという間の2時間半だった。

ライブがはねたあとは、その場に居合わせた知人数名と終電間近まで飲んだくれた。帰りに「明日、谷中にアラーキーと田中泯が来るよ」という、すごい情報を得る。これはなんとしても行かなくては。

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2008/07/03

矛先知れず

バイクの給油に行って、ガソリンの高さに目玉が飛び出るほど驚く。少しでも安いところをと、わざわざセルフサービスのスタンドまで足を延ばしているのに、それでもレギュラーガソリンが1リットル175円もする。

私たちのどうにもできないところで世界は動いているのだなぁと、無力感に襲われる。物申したいことはたくさんあるけれど、世の中の仕組みが複雑すぎて、いったい誰になにを申し立てればいいのかさえわからない。

それから自転車に乗り換えて、谷根千に出かける。また今年も、秋の古本市にむけた準備がはじまるのである。

Img_1838 今日は初めて、乃池さんの穴子寿司をいただいた。日頃のお礼も兼ねて、恋人と一折ずつ。ふっくら香ばしく焼きあがった穴子は、口に入れた途端にほろほろほどける。あぁ、なんという贅沢。こんな若輩者が言うのもおこがましいのだけれど、とてもおいしかった。

帰ってから、昨日に引き続き、恋人の仕事を手伝う。2日目にして早くも倦む。

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2008/07/02

私もはしくれ

Hくんに頼まれた追加原稿を書く。これで仕事がふたつ、一気に手を離れた。

それから、先日古本で買った『フリーという生き方』を読む。そこに書いてあったことは、生きている実感についての、ごくごく個人的な告白。決して誰にでもあてはまる話ではない。けれどどうしてだか、私はとても励まされたのだった。

たとえばこんな一節。

人間、いつもは自分の言葉しか聞こえないものだったんだ。周囲の声に耳を傾けるようになったら、自分というものが相対化されていく。生きているのは自分だけではない、僕の周囲にこそ生きた現実が動いているんだ、ということがわかってきたのです。

ところでこの本には、前の持ち主が書店で購入した際のレシートが挟まっていて、それがぴったり「777円」なのである。なんだか少し、得をした気分。

夜は恋人の仕事を手伝う。まだまだ終わりの見えない地道な仕事で、どうやら私は、これからしばらくこれにつきあわされるらしい。

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2008/07/01

ある家族の肖像

Img_1803_2 母62歳の誕生日。

パーティに備えて、兄嫁Nさんとリビングの掃除をしたり、テーブルを移動したり、取り皿やコップを用意したりする。それから料理にとりかかったのだけれど、いかんせん十数人分の食事など用意したことがないので、私もNさんも途方に暮れてしまった。結果、Nさんは分量を読みきれずに「いつもの味が出せない」と落ちこみ、私は私でひどくもたつき、スタートを予定より1時間近く後らせてしまった。

それでも兄嫁ふたりと私で計10品をつくりあげ、いざテーブルについてみると、一応の格好はついている。午後7時の少し前、誕生日の母を誕生日席に座らせると、家族全員(12名)で乾杯をして、パーティが始まった。

仕事に行っていた恋人も、少し遅れて登場。父の向かいに座って、晩酌のお相手を務めてくれた。実はこのパーティ、「父の日」に出張で不在だった父も、母と並ぶ主賓なのである。私はふたりの間に座り、手巻き寿司を巻いたり、お酒を注いだりして、めったにやらない親孝行とやらに精を出した。

今日一番の笑い声が起こったのは、父に孫(私にとっての甥)を抱かせたときだった。照れくさいのかどうか、生まれてもうじき10ヶ月になるというのに、父はまだ一度も自分の腕で孫を抱いたことがなかったのである。

初めて父の膝に乗った甥が、途端に不安そうな顔になるものだImg_1729から、一同大笑い。父は父で、どうあやしたものか考えあぐねているようで、こちらもちょっと困り顔。そのふたりの顔が似ているところがまた、私たちの笑いを誘うのだった。

そんなこんなで、笑いに彩られたいい夜であった。でもどうしてだか、写真を見返していると、じわり涙がにじんでくるのだった。

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