音楽のこと

2009/01/28

カラフルなれど

Nさん親子につきあってもらって、MAPの確認作業に出かける。
3時間も町をうろつき、腹時計に急かされるようにして帰る。

そのMAPのデザインをしてくださる方が、月に一度ブックカフェで開かれる集まりでお話をされるというので、夕ごはんを食べてから恋人と出かける。今夜の話題は、『POP-SICLE』という音楽雑誌のこと。恋人のツボにぴたりとはまる。

日付が変わる少し前に帰宅し、『ダージリン急行』を観る。長く仲違いをしていた3兄弟が、インド北西部を走るダージリン急行で一緒に旅をすることで、ふたたび結束を取り戻そうとする様を描いたコメディ。

モンスーン・ウェディング』もそうだったけれど、インドの風景はとにかく色が濃く、鮮やかで美しい。今回の映画もそうで、カラフルな映像には心が躍る。でも残念ながら、感情は微動だにしなかった。

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2008/12/24

しっかりイヴ

寒いぞ寒いぞ、と天気予報が脅すので、うんと厚着をして夜の恵比寿へ行く。仕事帰りの恋人と落ちあって、つばめグリルでハンブルグステーキを食べ、ちょっと気取ってシャンパンなぞ飲んで、ほろ酔いでガーデンホールへ。今夜は、私の大好きなアン・サリーと、恋人の大好きな細野晴臣のライブなのである。

手にしたチケットは、なんと2列目。それも通路側で、視界をさえぎるものがなにもない。

うわー、近い近い、と騒いでいたら、見覚えのある後ろ姿が横切った。あの髪型、間違いない、古本ライターの岡崎さんだ。その隣にも見覚えのある顔がふたつ。偶然にも同じ列に知り合い3人組がいらしたのである。声をかけると、あちらもびっくり。こんなこともあるのだなぁ。

そしてはじまった聖夜のライブ。まずはアン・サリーが、それこそ天に昇ってゆくような、しっとり透きとおった歌声を聴かせてくれる。なんというか、それはとても「正しい」歌声で、ひとつひとつの音、言葉が、それぞれあるべき場所にそっと優しく置かれてゆくのを聴いているようであった。

けれど歌声のしとやかさとは少し違って、ご本人は意外にも自由闊達なひとであるらしく、何曲目かに履いていた靴を脱いでしまうと、最後はその靴を手にぶらさげて、おどけながら退場していった。

セットチェンジのための休憩をはさんで、今度は細野さんが登場。「今夜はホーリーな雰囲気で」と言っていたアン・サリーにかぶせて、例のハスキーボイスで「ここからはダーティー・ハリーでいきます」と会場を笑わせていた。

それにしても、さすがは重鎮。どっしりとしたものである。その安定感たるや、どうだろう。ここまでくるともう「正しさ」なんて重要ではなくて、「ハリー」でさえあればいいのである。器用にペダルスティールを操る高田漣くんも愛らしく、約1時間の細野パートはあっという間に過ぎていったのだった。

アンコールは、もちろんふたりそろって。私の好きな「三時の子守唄」と「White Christmas」をふたり一緒に歌い、楽しい夜は幕を閉じた。あまたのカップルが身を寄せ合うガーデンプレイスを抜けて、駅へ向かう。あぁ、しっかり“イヴ”をしてしまった。

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2008/10/22

正しく、よりも、楽しく

東京下町の古本屋が舞台、という設定に惹かれて『東京バンドワゴン 』を読む。小説としてではなく、ホームドラマの台本として読めばおもしろいだろうと思う。けれどホームドラマの大家、向田邦子と比べるには、まだまだ時期尚早である。

夜、馴染みの古書店で、ふちがみとふなとトーク&ライブを聴く。まったくなんの予習もしないままに飛びこんだ「ふちふな」の世界は、とても楽しくて、私は終始ほおをゆるめっぱなしだった。正しく演ろう、というよりも、楽しく演ろう、という気持ちのほうが伝わってきて、知らぬ間にこちらまでにこにこしてしまうのである。

ボーカルの渕上さんは、吐く息まで楽器にしてしまう。喜劇役者が好きだという言葉どおり、からだじゅうを使ってじたばたと歌いあげるその歌には、ひとを微笑ます魔力のようなものがそこはかとなく漂っていて、けれど同時にどこかさみしさも感じさせる。なんとも不思議な歌なのである。

「バブの店さき」「ひっこし」「さらばジャマイカ」という歌が気に入り、さんざん悩んだ末、その名も『バブの店さき』というアルバムを購入し、おふたりのサインをいただいて帰る。

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2008/09/05

うれしいかなしい

恋人が知人からキーボードをもらってくる。さっそく家にある楽譜を引っ張り出して、キーボードにむかう。

ところが、とても悲しいことに、私は楽譜の読み方をきれいさっぱり忘れてしまっていた。短い時間とはいえ、ピアノを習っていたこともあったのに。

それで仕方なく、覚えている「ねこふんじゃった」と「かえるのうた(輪唱)」ばかり繰り返し弾いた。陽気なメロディを聴きつけてか、甥っ子が寄ってきて、うれしそうに鍵盤を叩く。これを叩けば音が出ると、ちゃんとわかっているようである。

甥っ子はとても楽しそうで、けれど私はとても悲しいのだった。

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2008/08/17

安心させてくれない音楽

今日も雨。夏旅2日目、倉敷のことをブログに書く。長い長い一日になる。

夜、恋人とふたりで、馴染みの古書店へ知人のライブを観に行く。ギター2本にベース1本の楽団。あっちへ行ったり、こっちへ飛んだり、駆け出したり、ぴたりと止まったり……。少しも安心させてくれない音楽である。

ふたりとも体調がすぐれなかったので、打ち上げは辞退して早めに帰る。またも雨は止んでいる。

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2008/07/04

あじさいの人

Img_1917 今日も朝から谷根千へ。知人に誘われて、上野桜木の「ねこじゃらし」まで足を延ばし、ランチをご一緒した。たった500円で一汁四菜、デザートつきのお膳がいただけるのである。さらにマイ箸を持参すると、一品おまけの大盤振る舞い。炊きたての古代米のおいしいことといったらなかった。

それからさらに2時間ほどあちこちをめぐる。古本市の準備も少し前進した。

それにしても暑い。ただ立っているだけで汗がにじみ、ちろちろからだを伝う。そういえば去年も一昨年も、こうやって汗だくになりながら自転車で町をめぐったなぁと思い出す。ふと気づけば、私にとっての季節の記憶は、この町の風景と分かちがたく結びついているのだった。

夕方、加藤千晶さんのライブを観に、吉祥寺へ行く。まずは知人に教えてもらったカフェで腹ごしらえ。下戸の私は、キール一杯でふうわりいい気分になって、ころころ笑いながらライブ会場を目指した。

ライブは、「あじさいの人」という曲からはじまった。イントロの最中、隣に座る恋人が誰かに「こんにちは」とうしろから声をかけられた。振り向けばそれは加藤千晶さんご本人で、真っ白いあじさいを一輪、少しはにかみながら恋人に手渡して、ステージにのぼっていった。

加藤千晶さんのライブを観るのは、春につづいてこれが2度目。前回が3人編成だったのに対し、今回は7人編成の大所帯で、ステージいっぱいに楽器が並べられ、あっちからこっちから予期せぬ音が飛び出してくる。その色とりどりの音に弾かれるようにして、からだがリズムを刻みだす。楽しい。本当にあっという間の2時間半だった。

ライブがはねたあとは、その場に居合わせた知人数名と終電間近まで飲んだくれた。帰りに「明日、谷中にアラーキーと田中泯が来るよ」という、すごい情報を得る。これはなんとしても行かなくては。

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2008/06/18

タイムカプセル

母、兄嫁、甥っ子と徒歩10分の商店街まで買物に出かける。ひとり空腹を訴える母につきあって、ラーメン屋へ入った。ラーメン屋といっても、ワインが置いてあるようなちょっとしゃれた店で、子どものころ、よく母と訪れた。

数年ぶり、あるいは十数年ぶりになかへ入ってみると、なにやらすてきなBGMがかかっている。甘く気だるい声で女性ボーカルが歌うのは、かの有名な「ホンキー・トンク・ウーマン」。続いて70年代ソウルが控えめにかけられた。

決して広くない店内の一角はレコードで占められ、レジの後ろにも大量のCDが積みあげられている。どうやら店主は、かなりの音楽好きであるらしい。そういえば店の入り口にも、スタンドマイクを前に、目をつむって熱唱する黒人歌手の置物があった。子どもだったころには、そんなこと気に留めもしなかった。

ときが流れたのだなぁと、冷やし中華を食べながらしみじみする。

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2008/04/29

昼の画、夜の音

1947年に撮られた『20年後の東京』という映画が観たくて、恋人とふたり、映画保存協会の蔵で開かれたD坂シネマ・アンコール上映会に行く。

主催者の説明によると、傷の入った16ミリフィルムは、その価値が理解されずに捨て置かれていたのを、誰かが拾いだしてきたものであるらしかった。そのおかげで、こうして運よく日の目を見ることができたわけだけれど、おそらくこれと同じような価値を持つフィルムのほとんどは、すでに消失してしまっているのだろう。空襲で一面の焼け野原となった跡に、バラック小屋が立ち並ぶ東京の光景を眺めながら、それをつくづく口惜しく思った。

『20年後の東京』があまりにもおもしろかったので、『東京タワーはわが息子―内藤多仲博士を囲む』『ムカシが来た―横浜市長屋門公園古民家復元の記録』と、さらに2本続けて観た。私たちの隣では、若い大工さんが食い入るように画面を見つめ、なにごとか熱心に書きつけていた。

夕食をとったのち、今度は馴染みの古書店で開かれた加藤千晶さんのライブへ行く。「ピタゴラスイッチ」と歌っている、あの声の人である。カーテンのむこうからひょっこり現れた姿を見て、私はいっぺんで加藤さんが大好きになった。佇まい、手や足の運び、表情、声、そのすべてに人柄がにじみでていて、次々とシャボン玉が弾けていくような明るい歌に、ぴったり似合っていた。

本棚の隙間からのぞき見る楽しいライブが終わって、楽器を片づけたあとのスペースで、打ち上げが開かれた。いつものように、私たちも図々しくお邪魔させてもらう。なんだか最近、仕事そっちのけで飲んでばかりだ。たまにはそんなときがあってもいいか。

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2008/01/14

飽きるまで

とにかく執筆。間に夕食とプールをはさんで、飽きるまで執筆。

深夜1時を過ぎたころにとうとう限界が訪れたので、恋人を呼び出して、コンビニまで清志郎のチケット代を支払いに行く。もう後戻りはできない。

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2008/01/12

便り

Photo_2 どうせダメだろうと思いながら申し込んだライブのチケットが、運よく取れたという知らせが届く。喉頭がんを告白し、しばらく休養していた、忌野清志郎の復活祭である。

ところは京都会館。これで春には、バリのほかに京都にも行くことになった。

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