午前4時起床。まだ日は昇っていない。車で首都高を抜けるころ、ようやく東の空が白みはじめる。いざ明けてくると、昨日の気象予報士の言葉が正しかったことがわかった。まさに快晴。朝ぼらけのなかに、これまでにないほどくっきりと山の稜線が浮かびあがり、なんとも美しい。
勝沼で高速を下り、うねうね山道を走ること約1時間。さすがに胸が悪くなりはじめたところで、ようやく登山口に到着する。時刻は8時。すでに駐車場には何台か車が並んでいて、金峰山の人気の高さがうかがえる。
服を着替え、準備体操をして、いよいよ山に分け入る。登ったかと思うと下りになり、そうかと思うとふたたび長い登りがつづく、というような道を歩いていく。昨夜まとまった睡眠をとれなかった割に元気で、恋人に引けをとらないペースでわしわし歩く。
しばらく行くと、木立の間から、立派な富士が見えた。大菩薩嶺から見た勇壮な姿とはまた違って、まるで山水画のように厳粛な佇まいである。
9時、朝日岳に到着する。ごつごつした岩場をよじ登って、うしろを振り返ると、息をのむほどすばらしい眺望が広がっている。一瞬、自分たちが地球のどこにいるのかわからなくなってしまった。よくよく目をこらせば、目指す金峰山がはるか遠くに見晴るかせ、まだまだ道半ばであることを思い知る。(写真右手の、ちょこんと岩が出っ張っているところが、それである)
そこから急な下り坂。手も使って、慎重に下りる。けれどすぐにまた長い登りがはじまって、息があがってしまう。こうアップダウンを繰り返されると、足にもなかなか負担がかかる。山頂に着く前から、帰りのことが心配になる。
それでも、ときどき見える壮大な景色に励まされながら、じりじり進んでいくと、やがてぱっと視界が開けた。ついに、ついに来たのだ。そこは頂上手前のサイの河原。視界を遮るものがなにもない、まさに360度の絶景。
先を行く恋人が、感嘆の声をあげてカメラをかまえる。見れば、八ヶ岳連峰がその姿を現したのだった。富士山はもちろん、ほかにも瑞牆山(みずがきやま)、小川山など、数え切れないほどの山々が見える。さらに、山頂へつづく急な岩場を登りきれば、南アルプスまで見えるのである。
まだまだ登山初心者の私だけれど、「日帰りで行ける山だと、もうこれ以上の眺めが望める山はないかもしれない」と恋人に言い渡され、うれしいようなさみしいような気持ちになる。
山頂を極めたあと、ふたたび岩場を下ってサイの河原まで戻り、昼食。よく歩いた分、おなかもへって、パンみっつをあっという間にたいらげてしまう。おかげで口のなかが、ぱさぱさになる。
12時過ぎ、下山開始。気がゆるんだのか、とろんとした眠気に包まれながら来た道を引き返し、約1時間で朝日岳まで戻ってくる。繰り返されるアップダウンに翻弄され、左足首にかすかな違和感を覚えるようになっていた。靴紐を今一度きつく結びなおし、先を急ぐ。
午後になって、富士にも雲がかかり、わずかに山頂が顔を出すだけとなる。早起きをした甲斐があったと喜び合ったのも束の間、無意識のうちに左足をかばいながら歩いていたせいか、今度は右膝が痛み出した。
それで、できるだけ足に負担をかけないように、高低さの激しい段差は巻き、歩幅をさらに小さくして歩く。このころには恋人も足の疲れを訴えるようになる。
さらに樹林帯を歩くこと1時間、ようやく駐車場まで戻ってきた。疲れていたからだろうか、往路よりも復路のほうが圧倒的に長く感じられ、行きにこんなにも歩いたのだったか、と我ながら感心してしまった。アリになったような気持ちでもくもくと歩けば、ずいぶん遠くまで行けるものである。
午後2時半、帰路につく。6時に家に帰り着くと、シャワーを浴びて、家族みんなで食卓に集まる。今日はかわいいかわいい甥っ子の、初めてのお誕生日会なのである。ほんとうの誕生日は明日なのだけれど、父(つまり私の兄)の仕事の都合により、一日前倒しされたのだ。
スパークリングワインで大人の乾杯をしたあとは、手巻き寿司や牛のたたきなど、たっぷりのご馳走に舌鼓。もちろん甥っ子はそんなもの食べられるはずもなく、いつもの離乳食で顔と手をべたべたにしている。
本日のメインイベントは、一升餅をふろしきに包み、甥っ子に背負わせるという儀式。突然ずっしり重いものを背負わされ、みんなの輪のなかに下ろされた甥っ子は、はとが豆鉄砲を食らったような顔つきをしている。それでもなんとか2、3歩はいはいで前進し、そこで力尽きて、こてんと倒れてしまった。その様子がまたかわいくて、一同手を叩いて大はしゃぎ。
大役を終え、ふたたびベビーチェアーにおさまった甥っ子は、目の前に置かれた餅が気に入ったのか、ぺたぺた叩いたり、くちびるを押しつけたりしている。けれどその顔つきは、すっかり男の子らしくなってきているのであった。
甥っ子の勇姿を見届けた私は、一足早く宴席を離れ、ほろ酔いでHくんに頼まれた追加原稿を仕上げて、ばたりとベッドに倒れこんだ。長い長い一日であった。明日の筋肉痛だけが心配である。
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